#6 オリジナル小説
手を合わせたままヨルガは問う。
「それで君はどうするの?」
「長老の所に行くんでしょ?一緒に行くけど」
「その後よ。私が準備期間に入ればもう会うことは無くなるけど、自分の家に帰るの?」
サッと血の気が引くのを感じた。薄々感づいてはいたが、それしか方法がない。またあの日常に戻ることは死ぬ程嫌だが、中学生の身では何もできない。でも戻ってどうする?学校へは行けないし単位も危うい、受験資格があるかどうかすら疑問だ。襲ってくる現実に寒気すら覚えた。
「ずっとここに居ることって出来ないよね?」
ダメ元で訊いてみる。
「それじゃ結界を張ってる理由がないし、生者がここにずっと居る前例がないからリスクがわからない。もしかしたら身体に異変が起きないとは言えないし……まあ私も長老に聞かないとわからないけど……」
ヨルガは珍しく迷いを見せた。うーんと頭を捻った後にこう呟いた。
「個人的な意見だけど、私は反対。あなたは生きてる人間だから。でも一応長老に指示を仰ぎましょう」
「分かった」
ホッとした。まだ選択肢があると楽観視してしまう。
現実を忘れたくて話を逸らす。
「そういえば、祈る事で身体が若返るんだっけ。何で?」
「生前の罪を祓い、無垢な赤子に戻るためだと聞いたことがあるわ。赤子の魂に戻りそのまま転生、人間として新たに生まれるという仕組み」
「罪……」
「何を罪と定義するのかしらね」
途端、ヨルガはウッと呻いて膝を地面についた。頭を押さえる。
「痛っ」
ー禁忌に触れてはならない。
ガンガンと響く頭の奥で、大丈夫かと叫ぶ声と同時にそういう音を聞いた気がした。
意識が飛ばされる。
…
ここは何処?
ヨルガは一人立っていた。コンクリート状の地面をまじまじと見つめた後、あたりを見回す。周りの建物より高い場所に自分がいる。見た事もないのに学校の屋上だと分かった。桜の香りがふっと舞う。春だろうか。
夕暮れに合わせてチャイムの音が鳴った。下校の時間は過ぎており生徒は皆いない。なのに女の子の声がする。姿は見えないのに、まるで目の前から発せられてるようにはっきりとした声だった。
この子は何を言ってるのだろう。聞き取れるのに頭で理解しきれない。
なぜか突然目の前が熱くなり、私は涙を流していた。私はこの声を知ってる。
ー禁忌に触れてはならない。
相変わらず頭が痛む。知っているのに思い出せない。
声が遠ざかる。
意識が靄に包まれる。
記憶はそこで途切れた。
*
真実を知ってしまっても、それでも尚生まれ変わる事を望むだろうか。
彼女は元は人間だった。ただ、生前の死を迎えてから、輪廻転生できなかったのだという。
彼女は言っていた、輪廻転生はなんのために行われるのか。生前の罪を祓い、無垢な赤子に戻るためだと聞いたことがあると。
”生前の罪”とは?
*
ヨルガ。
声が聞こえる。そうだ、たった三文字の私の名前。
身体が揺り起こされると同時に飛び起きる。頭上にはついこの間まで死のうとしていた少年の顔。その図体がやけに大きく見え、自分がすっかり小さくなってしまったことを実感する。心配そうな茶色の瞳に、夢で見た少女の輪郭が重なった。
何故気づかなかったのだろう。
屋上でスローモーションの様に落下する彼女の幻影が見えた。
ー禁忌に触れてはならない。
もう遅い、私は全て思い出した。その重さに吐きそうになる。目の前からぼろぼろと涙が落下する。
突き落とした手の感触がまだ残っていた。
私の前世。
「大丈夫?数分倒れてて……」
頭を振る。涙が溢れて声が出なかった。
「気持ち悪いなら担いで行こうか?時間もなさそうだし、長老の所に行くんでしょ?」
「いけない……」
「え?」
「私の魂はここで消えたほうが良い、転生なんか出来ない」
「ちょ……ヨルガ?」
声にならない音が漏れる。首がちぎれそうなほど頭を振り、透明に透けた髪がめちゃめちゃになる。どうでもよかった。
「私は人殺しだ……」
自殺幇助、彼女の唇がそう動いた。
「戻るはずのない記憶が戻った、前世の記憶だ。私は彼女を殺してしまった」
悲痛な声だった。
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