#4 オリジナル小説

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「忘れ物じゃなかったのかぁ」

ヨルガはぽつりと言う。ギクリとした。洞窟の湿っぽさが今でも残っている気がして、思わず後ろ髪を触る。

「……ごめん」

「どうして謝る?」

「……」

こういう時なんて言えば良いだろう。感情がグチャグチャして、自分が続けたいであろう言葉がよく分からなかった。ただなんとなく後ろめたい。

「まぁ良いわよ、私でも初対面でそんな重たい話はしたくないもの」

ヨルガは早足で、吹っ切る様に自分を追い越した。半分透けた身体が嫌でも彼女を死人なことを表していた。

「重たいかな。死にたいとか案外普通な気がするけど」

ヨルガの足が止まる。

「何故?」

「だって死にたい奴なんかそこら中にいるでしょ。別に」

本心を言ったつもりだ。しかしまっすぐこちらを見る目がかすかに揺らいだ気がして、思わず顔を伏せる。

「ごめん、聞いといて何だけどやっぱり聞きたくないかも」

それ以上何も言えなかった。

ヨルガの家は清掃した仮家の三分の二といったところだろうか。それでも十分な広さだ。自分の家も一軒家だがここまでの広さはない。打ちっ放しのコンクリートがひんやりと寂しさを醸し出している。玄関からハシゴ並みの急勾配な階段をよじ登り、日当たりの良さそうな南の部屋を指さされた。

案の定家具も何もない、がらんどうの部屋だ。

「君はここの部屋使ってね。布団は出しておいた、トイレはすぐそこ、お風呂は簡易的だけど一階にあるから適当に使って。私は基本的に一階の居間にいるから何かあったら呼んで」

「ありがとう」

「本当に長老に感謝。私だって生者と会う機会なんかそうそう無いし。

それはそうと、君のご両親は心配してるんじゃない?連絡とかしなくて良いの」

「別に良いんじゃない、割と淡白だから気にしてないだろうし」

素っ気なく返す。不登校になった時でさえ深く突っ込まれなかったのだから、たかが知れてる。

「……そう?じゃ、ごゆっくり」

扉が閉まる。

日はどっぷり暮れていた。電気は通ってないのか、明かりはロウソク一本のみと随分質素だ。広い部屋では隅まで照らせず、そこら中に闇が広がっている。

不思議と居心地が良かった。なんとも言えない開放感。誰も自分に追いつけない、ものすごい遠くへ来てしまった気がする。罪悪感を感じていない訳ではないが、今はこの状況に甘えたい。

コンクリートの床に不釣り合いな敷布団の上に寝転ぶ。敷物も何もなく、直に敷かれた布団からは冷気が感じられた。心地よさと同時にどっと身体が重くなる。予想以上に疲れていた。そのまま引きずり込まれる様に眠りについた。

あてもなく彷徨う夢を見た。

薄暗い道路はいつまでも続いて先が見通せない。

焦燥に駆られる。闇が怖くて早く家に帰りたかった。

街灯に照らされた木がサワサワと揺らぎ、同時に景色も歪んでいく。辺りの建物が崩れ、静かに砂になっていく。

待って、おいていかないで、待って。

声が聞こえる。聞き覚えのある声だった。

景色が歪んでいく。

待って、おいていかないで。


飛び起きる。視界が現実に引き戻される。目に光が飛び込んで、思わず顔をしかめる。眩しい。

鳥の甲高い鳴き声が耳に響く。

朝が来ていた。


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