#3 オリジナル小説

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それはとても大きい洞窟だった。

湿度が高く、中に入ると昼間とは思えない重苦しい闇が続いている。風通しが良くないのか、土の濃厚な匂いがわっと押し寄せる。

灯りも何もない空間を、ヨルガは躊躇なく進んで行く。前を歩く彼女の緑の髪が若干発光していることが救いだった。ただでさえ何も見えないというのに、こんなところに本当に人がいるんだろうか。

「着いた」

ヨルガはおもむろに歩みを止めると、長老、と闇に向かって呼びかけた。

「清掃終了の報告に参りました」


呼びかけられた辺の空間が歪み、ズズズっと地を這う音が響く。そしておぼろげに発光し姿を表した長老とやらは、人の姿をしていなかった。

何と言えば良いだろう。どの生物にも似ておらず、生物というよりは物体に見える。白くて巨大な物体だ。自分たちの背丈の三倍はあるだろうか。

どこからどう見ても異形の怪物だったが、不思議と恐怖は感じない。それどころか踏み込んではいけないことに足を突っ込んでいる気がして心が踊る。

「あぁ、有難うヨルガ。いつも感謝している。

ところで一つ尋ねたいのだが、そちらの少年はどなただろうか」

見た目と反して柔らかな声が響く。

「生者です。行くアテが無くさまよっていた所を引き取りました」

「生者か、成る程ね。私たちが、見えるんだね?」

白い物体の”長老”は語りかける。背が高いため声が天から響いてるみたいだ。

「はい」

言葉を返すと白い巨体がぐにゃりと動く。

「無気味かい?無理もない、僕だってかつては人の姿をしていたんだけどね。生者という響きは懐かしい、本来なら交わることもない存在だ。死者が見える生者はたまにいるけど、普通はこの領域に入ってこない。見つからないように創ってるからね」

「そうなんですか。自殺名所の森だと聞きましたが」

「勿論森を訪れる人間は数多くいる。でもそうじゃなく、死者が住まう空間が存在するんだ、この森に。僕らはその中から基本的に出ないから、死者が見える人間でも接触する機会がない。扉が見えなければそこには入らないだろう?」

「でも自分は、彼女と出会った。それは領域の外に出ていたということでしょうか」

ヨルガは首を振る。

「祈りの社の真ん前が、領域外ということはあり得ないわ」

「ということは、知らず知らずのうちに踏み込んでしまったのだろうね。もしかしたら領域に綻びが出ているかもしれないから確認しておこう。

それはそうと、どうして君は死のうとしたの?」

「え」

気づかれていた?

「おそらく本気じゃなかったんだね。それらしきロープも刃物も持ってないところを見ると……しかし、大事なのは動機だよ。君は一体何を思ったの?」

なんとなく説教されてる気分になり思わず下を向く。

「この森では毎年多くの人間がやってきては死んでいく。人間は本来、自ら死を選ぶように出来ていない。なのに、だよ。気になるんだ。不躾かもしれないが、我々に生前の記憶はない。考える間も無く転生するのは当たり前、日々に意味なんか求めないからね」

何故だろう、わからない。

ちらりとヨルガを見る。死者を前に失礼だろうか。

迷いながら言葉を紡ぐ。

「何故でしょうね。ただ何もかも終わらせたかった。何となく居場所がなくて、気づいたらここに来ていた」

誰も口を開かない。さっきと打って変わって静かだ。

「もしかしたらこうやって誰かと出会ったりすることを期待していたのかも知れないですね」

「そうか……有難う、聞けてよかった。

気が住むまでここにいると良い、ヨルガの家に住まう事を許可しよう」

ヨルガはハッと顔を上げた。

「良いのですか、長老」

「それがお互いにとって良い事なのかはわからないよ。できることがそのぐらいしか無いしね。でも居場所がないと言うのは、あまりに悲しいじゃないか」

「有難うございます」

ヨルガは深く頭を垂れ、続けて自分もお辞儀をする。

少し心が軽くなっていた。


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