見出し画像

知られざる魔王

それは確か
私が小学生だった頃
学校の周りには雷雲が立ち込め
とても不気味な空だったように記憶している
音楽の授業で先生が紹介した「魔王」という曲
幼い私にはセンセーショナルな音楽すぎて
それから何十年もの間私の心に強くその印象が残っている。

先日そんなことを思い出して、改めて魔王してみたのである。
小学生の時代の記憶は、
ものすごく不安になるメロディと
これでもかと恐ろしそうな雰囲気で歌う日本人歌手
あの有名な「おとーぅさん!おとーぅさん!」である。

Erlkönig(魔王)は、オーストリアの作曲家フランツ・シューベルト
(Franz Schubert/1797年-1828年)によって1815年に書かれた。
歌詞はあの有名なゲーテの詩が使われているらしい。

つまり現代風に言えば「シューベルト Feat.ゲーテ」ということだ。
ものすごい豪華なコラボなのである。
現代でも豪華なコラボはあるが、
ちょっと霞んでしまうほど豪華なのである。

マイケルジャクソンとボブマーリー が2人とも蘇ってバンドを組み、
2019年のフジロックに出演。
スムースクリミナル2019を
前半はオリジナル、後半はルーツレゲエでぶっ放す。
マイケルがゼログラビティをキメて観客の喝采を独り占めにしている間
ボブはマリファナをキメてハイになりながらそれを見つめるだろう。
おそらくリースクラッチペリーは何もせずステージに突っ立っているはずだ。

妄想タイムに入ってしまったので話の焦点が昇天してしまった。
魔王には「語り手・父親・息子・魔王」4人の登場人物が出てくる。
現代の歌詞ではあまり類を見ないが、
ゲーテの詩がそのまま歌詞になっているのだから仕方ない。

夜中に馬を走らせる親子がおり
父親は子供を抱きかかえ温めているという語り手の情景説明がら始まる。

子供が父親に訴える
あちこちに魔王が見えると、魔王が語りかけてくると。

魔王は息子に語りかける
こっちへおいで、こっちは楽しいよと最初は優しく。
だんだんとその言葉は恐ろしさを増す。
私と一緒に行かないのなら力づくで連れて行くぞ!と。

父親は息子が不安がっているのをなだめながら家路を急ぐ。
あそこに見えるのは古い柳だよと。
聞こえるのは風の音だよと。

次第にエスカレートする息子の訴え
流石に父親も恐怖を覚え、さらに家路を急ぐ

やっとのことで家に着いた時
息子はすでに死んでいた。

え?死ぬんだっけ?
私の記憶には不安とおとーぅさん!しかなかったので、
これは衝撃的な発見だった。
教わったけど覚えていないのか、教育上過激すぎるので語られなかったのか。
どちらにせよ小学生にはヤベー内容なのである。

てっきりオバケコワイヨ的な話で、
お父さんが息子の不安を包み込んであげるような話かと思っていた。
つまり魔王は実際おらず、息子の思い込みだった説だ。

息子死んだという新事実により、私のこの説はあっけなく逆転した。
息子にはすでに死が迫っており、魔王が迎えにくるそのやりとりを描写している。
つまり魔王実際いた説である。

さらに面白いと思ったのは、面白いという言葉は不謹慎だが、
子供にしか見えない魔王であり、死が迫るものにしか見えない魔王であると
2方向の切り口で魔王が見えることを説明することができる。

どちらにしてもものすごい描写力なのである。
音楽の天才と詩の天才がコラボしたことで、
その緊迫した世界観はこれ以上ないほどに増幅され伝達する。

本当の意味はわかってないにしろ、
私の心に何十年も残る理由がなんとなくわかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?