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遠回りしてもいい

今日は中島美嘉ちゃんの名古屋公演の日だった。全国ツアー中で、私が住む大阪も含まれていたけれどスケジュールが合わないので諦めた。
半強制的に名古屋行きが決まったが、何度か降り立ったことがある土地のわりに、未だに特徴を掴めきれずいる街だ。結局行き先をひとつも決められないままに当日の朝を迎えてしまった。

名古屋港水族館、ジブリパークは日曜日の人の多さを懸念して早々に選択肢から排除した。
味噌カツ・ひつまぶし・きしめん等の名古屋名物食べ歩きも考えたが、残念ながら私は、食べ歩きには到底不向きな容量の胃袋しか持ち合わせていない。考え続けて私の求めるものは名古屋にはないなと気づいた。

時間はたっぷりある。17:00開演なので16:30頃に名古屋市公会堂に着いてさえいれば問題ない。私は文明の利器である片道50分の新幹線をフル無視して在来線と船と路線バスを乗り継ぐ片道6時間の旅を選んだ。船に乗りたい、海を見たい、灯台を見たいという衝動をそのまま実行に移すルートだった。



午前8時前に家を出た。家を出た瞬間からもう旅は始まっている。鞄の中に文庫本を1冊詰めた。人から勧められて、「丸一日時間がある時に通して読んで」と助言も受けていたのでその通りにしようと、旅のお供にこの本を選んだ。染井為人の悪い夏。蒸し暑い夏にぴったりだね。

御堂筋なんば駅から近鉄大阪難波駅への乗り換えでまごつき少々時間をロスしたが、なるようになるさと思えるのが旅のいいところだ。上手くいけばラッキー、そうならなかったらまあそんな時もあるさと軽く流せる。人生も旅するように生きれたら楽なのにと、それが出来ずに出ている旅の途中で思う。


大阪難波から乗車し、京橋駅で降りた。
ここで特急列車に乗り2時間揺られ、三重県鳥羽まで行く予定だ。特急列車のりばの案内表示が無いのでとりあえず改札へと続く階段を登ることにした。違うホームに移るのが定石だと思ったのだ。
最後の段を上がりきったところで「伊勢志摩ライナー乗り場はこちら」の表示を見つけたが、その矢印が指し示すのは今さっき自分が降り立ったホームだった。
無意味な上下運動をもう一度繰り返した。

ホームに立っている駅員に尋ね、20分後に同じホームに到着する旨を教えてもらう。のんびり待とうと文庫本を取り出しページを捲った。
20分後目の前に派手な黄色の、最前車両が少し鋭利ないかにもなフォルムの列車が停車した。
乗車しようと足を踏み出したところで
【全席指定】の文字と対峙した。聞いてない。
特急列車なので、乗車券が必要なのは考えれば分かるはずなのに本に夢中で考えることを放棄していた。つくづく詰めが甘いなと思う。
しれっと乗って、うっかりしてましたてへ。で誤魔化せないかなと思ったけれど、怒られるのは嫌いなので正直に近くの駅員に申し出た。
「もう出発してしまうので、巡回の係員に伝えて車内で購入してください」と言われた。なんだ、うっかり作戦でいけたやん。と思いながらお礼を伝えて乗車した。


言われた通り、「乗車券をお持ちですか」と声をかけてきた白髪の優しそうな係員のおじいさんに事情を伝えて無事購入できた。簡単じゃないか、と思っていたら、おじいさんはこうも伝えてきた。「車内で購入した席は各駅の券売機には反映されないので、もしこの席を指定された方が乗車してきた場合は違うお席にお移りくださいね」らしい。

なんだって?最悪だ。2時間のうちに停車する12駅で毎度『あっ、車内で購入したので席が被ってしまって。あ、移動しますので。はい、すみません』を脳内シュミレーションしなければならなくなった。ちゃんとお金を払ったのにビクビクしなければならない。自業自得だけども。そこに座ることを許されているのか許されていないのか曖昧な、人間のようで人間では無い半魚人の気持ちが少しわかる気がした。
結局目的地に着くまでに同じ席を購入した人は現れなかった。
(ちなみに、近くに座っていたご婦人は3度声をかけられ席替えをしていて逆にその引き当て率にすごいなと関心していた。)


鳥羽駅から10分ほど歩くとフェリーのりばに辿り着く。これから海に出るのだ、そう思うと心が浮き立ち足の歩みも心做しか早まった気がした。
海が好きなのだ。砂浜に押し寄せる波を永遠に眺めていたい。海風に吹かれながら船の上から見る水面のゆらめきは見ていると心が落ち着く。
(海なんて、なんぼ見てもええですからね)
(海ってな、200色あんねん)
と、出航までの時間ひとりごちていた。


海の上で1時間を過ごした。ほとんど海を眺めて過ごした。揺れる水面、船が前進する度しゅわしゅわと広がる泡、空の青と海の青とのグラデーション、照りつける太陽の下なのに涼しい海風に吹かれて心地よい。そこでも本を開いていた。
本の中にシングルマザーが登場し、もし子供ができたら旅をするときにこんな行き当たりばったりじゃダメだろうな、そもそもしばらく旅なんてお預けになるのだろうか、耐え難いな。などと思った。


しばらくそうしていると、ふいにアナウンスが流れた。「ただいま船の右側をイルカの群れが通り過ぎようとしています。よろしければみなさま外に出てご覧下さいませ」というのだ。
われ先にとぞろぞろ人が席を立った。私が居たのは反対側だったので、後ろから私も追いかけた。
まさか野生のイルカを見れるなんて思いもしなかったので感動ものだった。横並びで4.5尾のイルカが泳いでいて、この場面に遭遇できたことで片道6時間を選んだことへの迷いは完全に消え失せた。

先月旅したときも、本来の生息地ではない蝶を拝むことが出来たりと、なにかと稀有な場面に遭遇することがある。いい兆しが来ているなと純粋に思った。イルカ、美しかったな。


1時間の海上気分を味わい、到着した伊良湖港からまた徒歩で15分ほど歩き目的地の灯台を目指す。
いつもなら旅の最中はレンタカーを借りて車移動なので、通り過ぎていく車が羨ましかった。
炎天下の中の散歩は一瞬で汗だくになり断念しようか悩むほどだったけれど、真下から望む灯台は圧巻で、やっぱり行ってよかった。


行く道中全然人がいないな、みんな興味無いのかなと思いながら山道と急な階段を歩いていたけれど、実は浜辺から直進するだけの簡単な道があったらしい。案内してくれたGoogleマップのナビに不平を垂れたくなったが、でもあの道でなければ見れなかった絶景を自分だけが知っていると思うと少し優越感に浸れたりもした。遠回りしたり苦しい道を選んだからこそ気づける美しさがあると思う、思いたい。


満足したので、波の音に耳を傾けながらバス停まで歩いた。帰りは簡単な道を辿った。苦しさを味わうのは一度でいい。
路線バスにも1時間ほど揺られる予定だ。
読書に没頭するのに丁度いいなと思い、移動時間の長い旅も悪くないなと学んだ。この時点で大体半分ほど読み終わっており、今日中に読み切るだろうなと確信した。

バス停恋路ヶ浜駅から田原駅へ、そこから列車に乗り継ぎ豊橋へ、新幹線で名古屋駅へ、最終目的地の名古屋市公会堂に着いたのは丁度16:30だった。我ながら完璧なタイムスケジュールに思わず顔を綻ばせた。


半券を渡して入場したあたりでようやく実感が込み上げてきて、開始までの時間ずっとソワソワしていた。
いつから聴くようになったのかは分からないけれど、中島美嘉ちゃんの曲は、どうしようも無い苦しさを、消えたさを歌に昇華することでやっと救われてきたのだろうなと思わせる悲観的なリリックが多かった。あなたの事を守りたい・救いたい、という歌も沢山あるけれど、私が救われてきた音楽は暗い部屋で膝を抱えて1人で静かに聴くような、私はこんなにも悲しいと叫ぶ曲ばかりだった。だからあんまり人前で歌えない。
そして、私が救われてきた曲ばかりのセトリだった。多分あの会場で誰よりも1番早く涙を流していたんじゃないかと思う。堪えようと葛藤していると、歌われた歌詞が「泣いてもいいんだよ」だった。
それからはハンカチで涙を拭うことを放棄した。


バラードも好きだけれど、有名なGLAMOROUS SKYのように、リズミカルな曲も結構好きだ。ぴょんぴょん飛び跳ねている美嘉ちゃんが可愛いなと思って眺めていた。衣装も抜群に良かった。センスがいい。
歌が好きで聴いていたけれど、最近になってようやく中島美嘉という人間に興味を持つようになった。(遅い。私は中々人に興味を持てない)
ライブに行く話を人にしたとき、スポーツ選手と結婚していたよね?離婚したけど。と言われ、そうなんですか?と知らなかった自分を少し恥じた。
ギタリストの馬谷さんと結婚したことは知っていた。音楽を通して惹かれ合うなんて素敵だなと思った。
MCのときに、ファンのひとが美嘉ちゃんに「せっかく名古屋に来たから、名古屋名物食べて帰ってください!」とアピールして、『行けたら、行きます』と返していたのが人間味溢れる返答で大変良かった。

あっという間だった。
比較的近場の名古屋にしたけれど、ツアー中にもう一度行きたいくらい良かったのでもしかするとまた思い立って茨城や福島や仙台に足を運んでいるかもしれない。

高揚感を抱いたまま会場をあとにし、駅に向かう道中でそういえば朝から何も食べてなかったなと気づきひつまぶしを食べて帰ることにした。
何も考えず、ネットで調べて人気だったお店に行き、何も考えず行列に並び、ちょうど締切になりギリギリのところで間に合ってやっぱりもっているな〜と思った。何も考えずメニューの表紙を飾っていた“平目のお造り付き上ひつまぶし ”を注文し、5000円の夕食を1人で食べるなんて贅沢だな〜としみじみしながら食べた。お吸い物を味噌汁に変更してもらい、味噌が有名な名古屋の赤味噌も堪能できた。味が深くて美味しかった。


店を出て新幹線のりばまで歩く途中、ふと足元をみて道路の綺麗さに感動したりしていた。
(大阪だと結構煙草の吸殻が至る所にある。私が見た一部で決めるのは良くないかもしれないけれど、とにかく道が綺麗だった。)
名古屋に住むのもいいなぁと実現に具体的な行動を起こさなそうな淡い夢を描いた。


沢山歩いてヘトヘトだったけれど、丸1日本当に充実していた。でもやっぱり疲れ切っていたので新大阪に着いてからはタクシーに甘えることにした。タクシーのおじちゃんが飴を2つくれた。中島美嘉ちゃんのコンサートに行ってたんですと言うと、かなり良いリアクションを見せてくれた。
タクシーに乗ってよかった。
どんな選択をしてもなるようになる、という気軽さを日常生活でも忘れないようにしたいなと今日のうちに何度も思った。


帰宅して、お風呂に入り、新鮮な気持ちのまま今日のことを残しておきたくてnoteを書いた。明日はBBQに行く。一人行動は得意だけれど、大人数はあまり得意ではない。でも仲良しの先輩がおいでよ!と言ってくれたので、それが嬉しくて行くことを決めた。案外ちょろいんだな自分、と思う。
でもそれぐらいの軽さのほうが、人生はきっと楽しいに違いない。
明日は7時集合なのでそろそろ寝なきゃ。
あ、ちょうど帰りの新幹線で持ってきた本は読み終えました。かなり面白かったので私も人におすすめしようと決めた。



おわり





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