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たぶん、らいしゅうなら

《いつなら時間ありますか》
 不倫をしている彼にメールをする。LINEでもショートメールでもGメールでもない『誰にもあけることのできない秘密のメールボックス』に。「このメールはお前だけしか知らないよ」と、教えてくれたメール。嘘かもしれない。けれど嘘でも『お前だけしか』の部分は確かにうれしかった。特別なような気がして。特別なんかじゃないのに。裏返せば後ろめたい関係なのに。
《たぶん、来週なら》
 その返事に気がついたのはメールを打った次の日だった。たぶん、来週なら。の文面よりも返事がきたことの方にうれしさがこみ上げた。なんでもいい。最悪、あえないよ。わからないな。否定の言葉であってもなんであってもうれしさの度合いは同等だったと思う。
 無視をされたわけではないのだから。無視ほど残酷なものはない。無言の殺人。かなしみのどん底に落としやる人でなしのやること。
 なのであたしはよくやる。なにせ『ひとでなし』で『ろくでなし』だからだ。
 つきあっているおとこがいながらもまた風俗に戻り不倫を重ねている。風俗嬢はあっけない再開だった。やはりあたしには風俗嬢が天性であり向いてるなとほとんどおどろかずにすんなりとむきあえた。
 決して楽ではない。お客さんに首を吸われ軽いキスマークをつけられた。つきあっているおとこに「なあに?これ?」と、指摘され、え、なにってなに? そんな感じで鏡を見たらくっきりとついていてぎょっとなった。虫に刺されたのかな。軽く流して一緒の布団に入りたくさんのおとこと交わった身体でおとこに抱きつく。けれどまるで罪悪感がなかった。不倫をしているおとこと行為をしたあとあたしは変わった。その次の日から風俗嬢に戻った。身体が脳内が心がおかしくなりそうだった。この感情のぶつける居場所がまるで思いつかず身体をいじめなくなったのだ。むろん、心も。
 誰でもできる。愛だの恋だのそんなものなくても誰にでも身体を差し出すことが出来る抵抗もなく嫌悪感もなく。とおい昔。あやちゃんは風俗嬢が天職できっとずっと風俗嬢で死ぬときはベッドの上だね。と、揶揄されたこともあるけれどまあ、死ぬのは誰だってベッドかたたみか道路だろうけれどそのお客さんがいいたかったのは『ラブホのベッド』という意味だったはずだ。たくさんのおとこたちにいわれた。『天職だ』と。
 自己否定的に生きているので風俗の仕事で誰かに必要とされていることがきっとどこかでうれしいのだ。バカなやつだ。死ね。と自分でも思う。けれど精神異常者のよう風俗にとりつかれ抜けることができない。
 どこかで人生の諦念を得ているようでとおい目のあたしが微笑んでいる。
《もう来週になりましたよ》
 そうメールを打っては消し打っては消しを3回ほど繰り返し結局送ってない。なんだか会えなくてもいい気がしている。
 そのためにたくさんのおとこで紛らわせているのだから。なおちゃんじゃうまらない心の深い闇。
 どうしてこんなにもあたしは自分で自分の首を絞めるのだろう。死ぬこともあるいは殺すこともできないのに。
 暑い日と肌寒い日が続く。すこぶる憂鬱で気分が悪くけれどまるで痩せないしというかさみしさとこどくは体重に比例し増えていくいっぽうで余計に現実から目を背ける。
 生きている意味を見出せない。男性器を舐めているときだけは生きていると感じるしそのときだけは呼吸がうまく出来る。
 バカじゃん。つぶやいた声は雨音にまじり吸い込まれてゆく。雨音だけはあたしをうらぎらないらしい。

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