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ファーストデート

 ファーストデートについてなにか書こうとすっかすっかな脳内記憶を辿ってみるけれどいったいどのあたりがファーストデートなのかまるで検討がつかない。ファーストキスははっきりとおぼえている。高校2年の時。バイト先の7つ年上の人だ。だからキスの前になんらかのデートをしたはずなのでこの男性が『ファースト』の相手だという憶測。スーパーのレジ打のバイトだった。おもいきり田舎だったのでバイト先もあまりない。高校側にバレないよう多少遠くのバイト先を選んだ。最初は(なに? このおじさん)たったの7つしか変わらないのに初見での感想はそれ以外になかった。しかし、鮮魚部門担当の彼は大きな声で「ラッシャイ、ラッシャイ〜」とお客さんとしたしくなりいつも笑顔で快活で人気者だった。レジ打のバイトはあたしにとてもおあつらえ向きだった。下を向いて淡々と手でレジを打てばいい。当時はまだ手打ちのレジだった。あまり喋るのが得意ではないし人間嫌いなので打ち込んでゆくのには短時間で慣れてとても優秀なチエッカーに成り上がった。平日はレジ打のバイトで週末はピンクコンパニオンの仕事をしていた。なにしろお金が必要だったしうちにいたくなかったから。ある日、鮮魚の兄ちゃんがあたしに話しかけてきた。「よくがんばるね」と。誰もそのような気の利いた言葉をいってくれる人はいなかったのであたしは素直にうれしくて「まあ、はぁ」くらいのみじかい受け答えしか出来なかったけれど、それ以降なにかと喋るようになり、「サケ好き?」と質問され「あ、はい、鮭は大好きです。購買でよく鮭のおにぎりを買いますね」敬語をふんだんに使用してこたえた。ええっ? 兄ちゃんはそんな顔をして次に大きな声であはははー、と笑い出す。なんで笑ってんだろうなぁ? あたし変なこといったのかしら。あ、きちんと高校にいってないと思っていたのね。きっと。あたしも笑って頭を掻いた。少しだけ茶色に染めた長い髪の毛。「いや、参ったなぁ〜、だよなぁ、高校生だもんなぁ」あはは。さらに鮮魚はわらう。笑いが落ち着いてきたころやっと鮮魚が話を続けた。「鮭じゃないんだよね。俺がいったのはさ。酒だよ。お酒」あー、あー。口をぽかんとあけアホ面で何回もうなずく。「呑めますよ。酒」きっぱりいいきった。「へー。呑めなさそうな顔してるのにね」ん? どんな顔だ。訝しみつつも「じゃあ、居酒屋行く?美味いサーモンの刺身あるよ」とたんに話は呑みの話になってあたしは「酒と鮭とサーモンですね」クスクスと笑いながら鮮魚と呑みの日にちを決めた。鮮魚と呑みに行ったところがコンパニオンでよく行く料理やだったのに驚き、鮮魚がやけに饒舌だったことに驚き、何度か目の呑みのあとタクシーの中で酒臭いキスをされた。酔っていた。今でも鮮明におぼえている。舌があたしの唇を割って侵入してきた。正直気持ち悪かった。キスはもっとロマンチックにレモンの匂いにつつまれて〜。あたしの妄想はやっぱりただの妄想だったに過ぎない。それ以降キスだけはあうたびにした。けれどつきあっているわけでもなかった。肩書きのない関係。17歳の小娘は24歳の大人の男にすっかり恋をしていた。けれど訊けなかった。「あたしたちってさ、つきあっているんだよね〜?」とは。キスフレになってから半年後レジを打っていたら「ねぇ」と、か弱げな女性の声がしてレジから顔をあげて声の主に視線をうつした。そこにはたぶん30歳くらいだろう、ショートカットでスッピンであげく妊婦でその傍らに2歳くらいの小さな男の子が立っていた。巨体をもてあまし世辞にも美人とはいえない。「あ、はい、なんでしょう」なにかのクレームかも。よくあるので目の前の女性の顔を見つつ言葉をじっと待った。しかし、クレームではなかったし出てきた言葉にあたしはその場にうずくまった。「うちの旦那がお世話になっています。魚屋のコンドウのツマです」コンドウのツマ。ダイコンのツマじゃなくて? あたしは頭を抱えていったんレジから離れた。鮮魚はなんと既婚者だったのだ。だから肩書きもない。最後までしようとしない。責任をとれないから。なにせ既婚者だ。あたしの儚い片思いは一瞬にしてこっぱみじんに終わった。そして次の日からバイトを休み結局辞めた。鮮魚のツマはブスだった。そのことにかなりショックをうけた。もし、とんでもない美人だったらあたしは闘争心をめらめらと燃やしていたかもしれない。17歳で知らぬうち不倫をしていた。最後までしないでよかった。それだけがすくいだ。ツマがブスだとなんでこんなにも凹むんだろう。あたしはクスクスと笑い、その後コンパニオンでたくさんのおとこどもとキスをして金を稼いだ。なので今でもキスは本当は苦手なんだよね。

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