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彩という人間で人生を完成させるのが夢。


約1年間、"単純性血管腫の人" という肩書きでいろいろな経験をさせていただきました。


そのきっかけとなった投稿はこちら↓

正直、ここまで大きな反響を呼ぶとは思ってもいませんでした。
確かに、せっかく公表するなら思いっきり広めてしまお!と軽く予測と計画はしていましたが。

そして、新聞、ネットニュース、テレビと、マスメディアに出していただき、アートモデルとして作品にしていただき、ゲストとしてイベントに登壇させていただくなど、多くの経験をさせていただきました。
それは、私が、単純性血管腫という症状を持ち、自分の症状を公に示したからこそ経験できたものです。


話は少しそれますが、最近は離島で暮らしています。もうすぐで、2ヶ月経ちます。
離島ではもちろん、私のことを知っていた人なんて誰もいません。
そして、私の肩書きも何も知りません。
記事に出た人、テレビに出た人、文章を書く人、写真や動画を撮る人、撮られる人、旅をしている人...こんな感じで私に対するイメージはたくさんあると思いますが、
ここでは、私が何も言わなければ何もありません。

ある意味、"私でなければならない"という環境ではなくなりました。
どこか、少しだけ、物足りなさを感じることもあるけど、でも、どこか気楽で、自由です。


去年1年、いろんな人と出会いました。
もともとは、いろんな人と友達になりたかったからオンラインでも繋がりやすくするために公表したものなので、その目的通り、障害や病気など関係なく、本当にいろんな人と出会いました。
そして、見た目に限らず、中身も、生き方も、考え方も、多種多様な人たちと友達になりました。時には一緒に仕事や企画をすることもありました。


そんな経験を重ねるたびに
改めて思うことがありました。
"普通って、何?"
"単純性血管腫は、そんなにも特別なのだろうか?"
"単純性血管腫は、そんなにもコンプレックスなのだろうか?"
正直、今の私は、自分の顔が赤いことがそこまで嫌ではありません。
別に、自分の顔が普通でも特別でも、大切な人たちはちゃんと近くにいると信じているから。

なんで、治療やカバーメイクをしたくなるのか。
それはきっと、美しさの追求、普通の追求なのでしょう。
でも、どうなんだろう。
消すことが本当に美しさにつながるのかな。
その答えは、きっと人それぞれ。


でも、私は、消したら、アートモデルとしてみんなに美しいって褒めてもらえなかった。
仮に、消したところで私が無くしたいコンプレックスなんて他にもたくさんある。
そして、それは、誰でも同じで、常日頃からみんなに美しいと褒められる人にもある。

だから、私はこうやってたまに自分のことを自分で使って、理想の自分を作っています。


私にとって、自分のことを知ってもらったことで、良かったことがあります。
それは、何度も表に出る経験をしたことである意味注目されることに慣れてしまったことです。
街中で歩いていて見られても自分が何で見られているかの理由がさまさまであることに気づいたからです。
そして、私自身も、街中を歩いていてカメラをぶら下げていら人を見かければ何のカメラかなぁと見てしまうし、可愛い人を見つけたら可愛いなぁと見てしまうし、モデルにいいなぁと思えば見てしまうし、
前よりも、世界を、人をよく見るようになりました。
だから、自分が街中で見られることにもあまり抵抗を感じなくなりました。


嫌な記憶は、いつでも出せる引き出しには入れていません。なんなら忘れていることも多々あります。
もしかしたら、今の自分が思っている以上に、過去の自分は自分のことが嫌いだったかもしれないし、嫌な思いもたくさんしてきてたのかもしれません。
でも、正直、思い出そうと努力しない限り、あんまり覚えていません。多分、体のどこかには残っている、それくらいでいいと思ってるんです。言語化して思い出す必要がなくなったんです。(そんな感覚を、島に来てからとても大事だと思っています。)

そして、1年様々なことを経験して、私の第1の肩書きが"単純性血管腫"ではないことに気づきました。
というより、最初からそうではないことを思い出しました。
私からしたら、生まれた時からこれが普通です。
今更、特別に感じるものでもなかったのです。
ただ、自分のことを特別にすることでいいこともあった、それだけです。


自分の当事者経験をもとに、社会にアクションを起こし続ける方々のことは素直に尊敬します。
ただ、最近は、私は当事者意識というものが随分と薄れてきました。

今はただ、離島で暮らしている自由人です。

強いて言えば、肩書きなんて、掲げるか掲げないか、それだけです。
自由人、みんな自由です。離島で暮らしている人、他にもいます。


きっと、単純性血管腫の人という1つの肩書きに縛られることに飽きてしまったのでしょう。
離島暮らしを選んだのも、世界が広がってきて、どこに行っても自分のことを知っていたり誰かしらと知り合いだったりという環境に飽きてしまったからでしょう。

単純性血管腫 "なのに" とか、単純性血管腫 "でも" とかいう表現をされることに飽きてきてしまった。


常に当事者意識を持っている人に対して異論を唱えているわけではないです。
別に、それは、人それぞれだからです。他人がどう選択しようと、なんでもいいです。
私も、都合良く使いたい時には使っているので。

欲を言うと、私の人生観を語るのに、当事者という1つのテーマだけを求めないでほしくなった。

シンプルに、今の私が旅するように生きているのは
当事者として認められて生きていきたいから、さらに多くの人に会いに行く、という理由ではないです。
むしろ、肩書きとか、そんなことは関係なしに
1人の人間として、広い世界にとびこんでみたいだけです。
(もちろん、出会いが増えればついでに認知もされるという結果もついてきますが、第1の目的ではないということです。)


私に少なからず勇気を与えられたり、影響を与えられたりする人にはそこを影響されてほしいなと今は思います。

"1人の人間として、どう生きたいか。"
"何をしたくて、どんな人と歩みたくて、どんな人を愛したいか。"


年齢も、性別も、国籍も、立場も、なにも関係なく。



こんな考えだから、最近は当事者として表に出ることから離れていました。

7月23日に 「soar human library & book market」というイベントにゲストとして登壇させていただき、久しぶりに公で自分のことを話しました。

その時の写真はこちら↓(写真はsoarの彩水さん撮影です)


久しぶりに表に出てみて、やっぱりそんな気持ちのままで、私の話を聞いてくださった方にはなかなかタメになるような良いことが言えてなかったと思います。
(しかも島生活に染まっていて、頭がシンプルになりすぎてなんも考えずに行きました、その話をしたら会場の皆さん笑ってくれてシンプルに感謝。笑)

なので、改めてここで文章として表してみました。(随分と遅くなってしまいましたが)


考えることも、表現することも、住む場所も、関わる人も、やることも、これからも流れるように変わっていくと思います。自由人なので。

ただそれでも、そういう自由な、表現者としての私を求めてくれる人がいれば、伝えたくなったら、私はまた定期的に自分のことを表現していくと思います。
過去も、今も、未来も、きっと私は表現をやめず、表現者であると思うので。



少なからず、私の人生を面白がってみていてくれる人、私のことを愛してくれる人がいることは、変わらず忘れていないし、大切にします。


これからも、面白そうなことには飛びついていくと思うし、新しいことにも挑戦すると思うので
引き続き、みんなと出会えること、関われることを楽しみにしています。(^ ^)


最後に、離島で撮り続けている空の写真を。



Aya.

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Aya

掃き溜め。ほんの少し温かい、ほんの少し冷たい。形のわからないカタチをためてる場所。 撮ったり、書いたり、話したり、創ったり、人を繋げたりしてます。色々なものを繋げる人になりたい。
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