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助産師という職業が好き

私は43歳の助産師。2013年、33歳の時に助産師資格を取りました。
26歳で長男出産、27歳で長女、次女を出産しました。家の近くの小さなクリニックで、3人を出産しました。
双子のお産の時は、1ヶ月くらい管理入院をしまして、あまりも多忙すぎるのを目の当たりにしたこと、完全に情が移ってしまったことで、退院の日に院長に「ここで働かせてください!」と直談判したことでスイスイと助産師への道が開かれました。

そのクリニックには、助産師4年目の春に無事入職させてもらいました。直談判から10年目の出来事です。
(現時点で)最高の給料をくださいました。院長が退かれるまでご一緒させていただきました。“願えば叶う”ことを身を持って経験した、大切な出来事です。

看護学校に入った時、長男は3歳、双子は1歳半でした。看護学校に入ってから、母親になって資格を取りたい(主に医療職)というお声もちらほら聞き、少し助言できたこともいい思い出です。
知りうる限り、助産師・看護師・歯科衛生士になった知人がいます。
もう彼女たちも中堅のキャリアです。時の経つの、早いなぁ。
今なら、その助言は“やるべきことならやることになる”という方向になるでしょうか。

話は逸れます。
発信が苦手でした。
よくわからないのですが、もうずっと起業すると(多分魂レベルで)決めていて、ブログ書こうとか(うん年前から)何度もやりかけ、でも誰に書いているのかもよくわからず、誰も私も日記的なものなんて見たくないだろうと思い込み、書くのをやめてしまいました。ブログのツールも好みのものではなかったですね。note好きです。
でも、坂口恭平さんを知って、“書きたいから書く。”という精神最高だなと思いました。誰も見なくてもいい、書きたいから書くだけ。上等です。

今このnoteを菅井さんのライブのアーカイブを聴きながら書いているんですが、こんな表情で笑うんだ、と毎回嬉しい発見です。
カフェに行くと、基本、1回に一言しか喋らないし(必要がないからだと分かってますよ)笑うかおも見ないから。
自分のフィーリングを大事にするって最高です。

私は基本的に、フィーリング、大事にしています。

助産師という職業をするにあたり、フィーリングって本当に大事なんですよ。本当の本当に。
助産師 とくみ あやの初仕事は、相方の助産ケア講座にしようと思っています。助産師の技術。参考書に載っていないです。経験の積み重ねで確立された技術。
愛する相方は助産師30年選手です。
おそらく、過去最高にフィーリングの合う人だと思う。彼女と助産院を営みます。
助産師になったから彼女と出会えた、というだけで助産師になった価値は計り知れません。
彼女の助産感覚は本当に素晴らしいです。職人です。
彼女は謙虚で、自分がすごいなんて1ミリも思っていない。
ただただ、目の前の母子に最善を尽くすことを繰り返すのみ。
こんな素晴らしい彼女に、特に若い助産師さんには絶対に会って欲しいです。

感覚的である、助産師という仕事は本当に魅力のある素晴らしい職業です。
いつ、産婦さんに声をかけるか?
いつ、お産の部屋に入るのか?
骨盤ケアはどのタイミングでするのか?
触れ方の強さ、柔らかさ。ご家族との関係性。
母子の安全を守り、分娩をスムーズにし、お産の満足度を上げるには寄り添う助産師のあり方、大切です。

今までは、誰がついてもそんなに変わらないのかなと
思ったこともありましたが、彼女に会い、助産師の持つ力を確信しました。
そして、チーム力。
これもかなり大事です。どんなに個人の能力が素晴らしくても、ぶち壊す人がいると終了です。
私は2022年秋、職場に異動してきた人に“この人とは素晴らしいチームを組むことができない”と直感し、あっさり退職しました。

助産師のチーム力、フィーリングに関して
今後も書いてみようかな。書かないかもしれませんが。
ゆるくいるのが好みです。
では、今後ともよろしくお願いいたします。


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