銅貨一枚
「このような時に申し訳ありませんが……お暇をいただきます。短い間でしたが、お世話になりました」
自分の前に勢揃いした使用人たちを前に、セバスチャンは頷くより他になかった。
屋敷の中は既に家具もなく、磨くべき食器もない。それどころか、屋敷そのものが既に人手に渡り、数日後には引き渡さねばならない状況だった。
「……わかった。達者でな」
絞り出すようなセバスチャンの返事を聞くや、一同が揃って屋敷を後にした。示し合わせてのことだろうが、セバスチャンとしてはむしろ家具がなくなるまでよくいてくれたと思う。
問題は、自身の身の振り方だった。
細君のナンシーもそうだが、長く続くスターリー家の使用人の子として生まれ、この家に仕える以外の生活を知らない。
子供も独立しているので、二人で食べていくだけであれば他家に就職すれば何とでもなるだろう。だが、問題はまだ若いスターリー家31代目当主のことだった。神官としての資格は得ていたが、元が貴族のボンボンではそれ自体たいして役には立たないだろう。
おまけに、数日前に母親である伯爵夫人が亡くなったばかりとあって吹いた風にさえ飛ばされてしまいそうなほどの憔悴ぶりだった。
さて、どうしたものか。
スターリー家に育ててもらった身としては見捨てるには忍びない。できれば自分たちで世話をしたいが……。
それよりもまず、従業員がいなくなったことは伝えなければならないだろう。いかに役立たずのボンボンとは言え、自分の主人である男だ。
深い深いため息をつき、セバスチャンは重い足取りでブライアンの居室へと向かった。
「坊っちゃま、失礼いたします」
「……ああ」
ブライアンの居室に入ったセバスチャンは、少なからず驚いた。憔悴してベッドに潜り込んでいるかと思ったブライアンが、既にそれ一着のみ残ったスーツに袖を通し、窓辺に佇んで外を眺めていたからだ。
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