師匠と呼ぶには……

「あなたの弟子にしていただきたいのですが」

 そう言った若者に視線も向けることなく、ウォルターは言い放った。

「好きにするがいい」

「……え?」

 言われた本人が呆気にとられるほどあっさりと答えると、ウォルター・プレザントは読んでいた書物のページをめくる。

 いま自分が言われたことは聞き間違いではないだろうか。

 そんな疑念に囚われて、ラッセル・ヘイワーズはさらに彼に詰め寄った。

「あの、本当に弟子にしていただけるんですか?」

 その言葉に面倒くさそうにちらりと視線を向けると、ウォルターは再び本に視線を戻した。

「好きにすればいい、と言っている。私は師事しやすい男ではないが、そんなことは承知の上なのだろう?」

「いろいろなお噂は聞いています」

 曰く、「死体にしか興味がない」「魔術学院で一番偏屈な男」「研究狂い」「墓地に住んでいる」。

 はっきり言って、まともな噂は何一つない。だが、そういった男であるからこそラッセルは弟子になろうと思ったのだ。世渡りばかり上手くて魔術は口ほどにもない他の教授陣に支持するぐらいなら、はっきりとした実績を持っている人物の方がマシだと思えたのだ。

 ラッセルが欲しているのは魔術による力であって、机の上でこね回す論理や論文や学位ではない。地位など既に貴族の出である彼には不要のものだ。だが、目の前にいる人物は、そのどちらも兼ね備えている。

 恐れられ、煙たがられてはいるが教授としての地位も死霊術師としての実力も兼ね備えている。人物に多少難があったところで構うものか。

「では、問題ないな」

「はい。どうぞよろしくお願いします」

「……うむ」

 短く答えたあとのウォルターは、書物に視線を落としたまま微動だにしない。

 弟子とは、何か仕事があるものではないのか?

「あの……師匠、なにかやることはありませんか?」

 しびれを切らして声をかけたラッセルをちらりと見やると、ウォルターは無精ヒゲをなでて再び書物に視線を落とす。

「ワルプールの夜が近い。オークどもの集会に参加してきたまえ」

「……は?」

 ワルプールの夜とは4月の闇夜のことだ。この夜には妖魔が集会を開くと言われ、人間や妖精、精霊は活動ができない。

 もしうっかり外へ出ようものなら邪悪な妖魔の生贄となってしまうからだ。

「し、師匠……それはさすがに悪ふざけが過ぎるのでは……」

 口元をひくつかせて言う弟子に目もくれず、ウォルターはページをめくる。

「名は、何と言う?」

「……ラッセル・ヘイワーズです。魔術学院を今年首席で卒業しました」

 そういえば、まだ名すら名乗っていなかったことを思い出す。その無礼を咎められたのだろうか。そう考えたが、それを気に留めるような人物だとは思えない。

 すると、師匠がよほど気になるのか、無精ヒゲを撫でながら口を開いた。

「ラッセル、我々は何者かね?」

「何者……と言うと……」

 何を問われているのかを考える。深読みをするべきなのか、それとも素直に答えるべきなのか。相手が相手だけに、余計なことを考えてしまいそうだった。

 とりあえず、相手の意図を読めるほど付き合いがない以上、素直に答えてみることにする。

「……死霊術師……ですね」

「わかってるではないかね。君のもてる技術を駆使して、ワルプールの夜に廃城に行ってオークどもの集会を荒らしてくるといい。証拠として提出するのは……そうだな。私が事前に行ってこの魔術学院の校章をおいてこよう。夜明けまでに提出したまえ。ああ、もちろん、一人で、だ」

 師匠はさらりと言ったが、廃城は死霊術師が一人で行って無事で帰ってこられるほど甘い場所ではない。ラッセルなど、入口にすら近づけない。

 あまりに無茶な命令に顔を強ばらせたラッセルを見ることなく本を閉じると、ウォルターは用は済んだとばかりに出口へと向かった。その背中越しに声がかかる。

「どうしても無理だと思えば相談したまえ。子守は得意ではないが、引率をしよう」

 その物言いに、カチンとする。

 こう言われては「できない」など口にできようはずもない。

「……成し遂げてみせましょう。完璧に」

「……では、期待して待つとしよう」

 悠然と部屋を出ていくウォルターを見送り、ラッセルは師事する相手を間違えたかもしれないと今更ながらに思ったのだった。

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