IN FACING

現在、来月に参加するUNKNOWN ASIAと、その後すぐに行う個展へ向けて、ひたすら作品制作に勤しんでいます。
ほぼ世捨て人の様です。

ようやく個展についても宣伝できるフェーズへ入ることが出来たので告知!

Aya Shimohara solo exhibition
「IN FACING」
日時:9/22(土)〜10/8(月)  11:00~18:00(祝日以外の月曜は定休です)
場所:STUDIO DIFFUSE MAKE +
オープニングパーティ:9/22(土)19:00~
クロージングパーティ:10/8(月)19:00~

デザインはToshiyuki Maeda
a.k.a.鬼コーチ!https://note.mu/hellonice

もうね、正直言って120点のデザインです。
クライアントの想像を超えてきたから20%上限超えです。
今回のコンセプト、この絵のコンセプト、全てデザインに落とし込んでくれました!私のふにゃふにゃの説明聞いてここまで瞬時に理解してアウトプットしてくれるとは!
んでもって、デザインの力ってすごいな〜としみじみしましたね。

実はもう一つビジュアルを作ってもらっているのですが、勿体無いのでまたの投稿でお披露目にしようと思います。

最近、キュレーターさんの記事をよく読むようにしているのですが、アーティストが持つべきものって、キュレーターだとかギャラリストだとか、肩書きはさて置き、こういったサポーティブな仲間なんだな、と思います。

ま〜よく喧嘩するけど。笑
というか、私が一方的に声を荒げてるのか。
それでも愛想を尽かさずサポートしてくれるから感謝しかないな〜。


IN FACING

今回の個展のコンセプトの解説というか、想いを少しだけ書こうかな、と思います。

とは言え、作ってる本人もまだ、うまく噛み砕けていない事も多く、常に思考の渦に飲まれきっているので、その様も丸ごとお届けしてしまえ!ってな感じです。汗

In Facing=向き合う。直面する。

「鏡よ鏡よ鏡、この世で一番美しいのはだあれ?」
「それは白雪姫です。」

鏡の前で自分を映し出し、向き合って見たら思いもよらない事実を突きつけられる。

なぜ?どうして?
もっともっと見つめてみる。

怖い!見たく無い!
どうして怖いの?もっともっと見つめてみる。

鳥のように上から。
虫のように細部に近寄って。
魚のように複雑な感情を泳いで。
時にはコウモリのように逆さになって。

その先に見えたものはなあに?
絶望?発見?救い?

たった今、見えたものを正直に描き出す。

鳥の目・虫の目・魚の目・コウモリの目

地を這う虫は一体どこから攻撃されたかなんて分からない。
ただ確かなのは、みぞおちに走る鈍痛。

鳥の目の彼は雲の上から高枝切りバサミかなんかで、上からひゅっと「ここだろ?」ってな感じで急所をひと突き。

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最近、この視点の種類についてよく考えさせられる。
扱うテーマがよりそうさせているんだろうけど。

鳥の目・・・俯瞰で捉える視点
虫の目・・・細部をじっくり考察する視点
魚の目・・・全体の流れやテンポ、変化を読み取る視点
コウモリの目・・・逆説的視点。疑いの目

私はまごう事なき、虫の目タイプだと思う。
鬼コーチは4つの目をバランスよく持っているタイプだけど、特に鳥の目がエグい。思っても見ない角度からノーガードの急所を軽やかに突く早業は見事。

個展の打ち合わせで、最近は鬼コーチとのやりとりが増え、すっかりズタボロになっております。笑

感受性が強い、って言葉。
アーティストへ対してよく使う言葉。
聞きすぎて言われすぎてもう辟易!
あまりにもよく使われすぎて凡庸だし、感傷的な香りがしてむず痒くてあまり好きでは無いのですが、じゃあ何か代替えできる言葉があるか、と言われると乏しい語彙力では思いつかないので、もう一層の事使うことにする。

感受性が強いのも難ありです。

感受性が強い、ってよく言われる人って虫の目になりやすい人なんじゃ無いかな…
良くも悪くも細部までじっくり見てしまってたくさんの感情を背負い込んで、一つ一つ手に取るように確かめて、その度に疲弊して…

それから考えや感情が極論に行きやすい傾向にある気がします。
全体を見渡す鳥の目が乏しいため、気がつけば「何処だここ?」ってな程に隅っこの隙間で独自すぎる思考を繰り広げたり…

全部ぶっ壊してやりてぇ!うおおお!って気持ちでスリップノットを聞く夜だってあるし、ダンサーインザダークを見ながら泣きすぎて慟哭のあまり気絶しそうになる夜もある。

とことんどっちにもイケちゃうというか。
誰しもそういう両極なところあると思うんですが、その振り幅がデカすぎてつくづく厄介だと感じる今日です。

今回の個展で描くテーマはこの4つの視点をバランスよく持って見つめる事で見えたものです。

しかし、この4つの視点をバランス良く保つなんてそんな簡単にはいきませんね。

でもこの視点のトレーニングは常に意識しておかないとヤバイな、と思うのです。
小さな虫はいつどこで踏まれてThe End に陥るか分からないですもん。


なんで絵を描くん?

こうやって質問ぜめするんです。鬼コーチは。

有名になって絵が売れてお金持ちになりたいから?
いやいや、正直そこまで商売っ気がないんだよな〜…
かといって楽しいからやってる!だけの単純な気持ちじゃない。
正直しんどいどころの物じゃないやい!命削ってんだい!ともなる。

結局、「理屈じゃねんだ!バーロー!」って甘っちょろい事しか言えない自分が歯がゆい。

「観て下さる人に〇〇な気持ちを与えたい、だから絵を描いている。」
という文章が浮かびがちだと思う。

この“与えたい”に強烈に違和感を感じるんです。わたしは。

幸せな気持ちを与えたい、絵で元気を与えたい、
とっても素敵な事だと思います。
そういう気持ちで製作されている作家さんの心は本当に美しい。できる事ならそんな人間になりたかった。

ただ、ひねくれたわたしにとって“与えたい”感情はどうも違和感。
上から目線に感じるんですよね。
ポジティブだけのものとか、逆にネガティブだけのものって嘘くさくてリアリティに欠けるというか。
「ほら!わたしの絵ってすんごくポジティブ!これで元気出して〜!」ってこられても
「いらねえよ!」「ポジティブの暴力かよ!」と思っちゃうわたしの様な人も居ると思うんですよね。

それに「与える」→「受け取る」ってコミュニケーションの終焉な気がします。
“現代アート”って言うように、“現代”をわたしの視点で、わたしの手法で、ただ描くだけで良いと思うのです。
それを観て何を受け取ったかは相手に委ねる、想像の余地がないと一方的になり、作品が一つの意味しか持たなくなるのは非常につまらないと思うのです。

アンビバレント

「In Facing」というテーマを設定して、色々な事と文字通り向き合って、いろんな視点から考えて見て…
でもやっぱり虫の癖でついつい細部に長く寄り道してしまいがち。
幼少期のトラウマとかにまで手を出して完全にデスメンタルへ真っ逆さま…そんな日もありました。
夜中に一人、悶々と、少しずつ少しずつ紐を解いて、はたまた糸を紡ぐように答えを手繰る。
見栄を張らずに、正直に。

数学みたいに揺るがない答えがあればいいけれど、大概の事って矛盾をはらんでるし、両極する事柄が混在するんじゃ無いかな?

モー娘の「大嫌い、大嫌い、大嫌い、大好き!あぁ〜〜」とはよく言ったもんだ。

鬼コーチが放ったなんとも無い一言が大きい鏡となって私を写し出す。
鬼コーチのことは大好きだけど大嫌い。友達だけど怖い相手。
つまりはイコール自分を見せられているから。
一緒にいる人は自分を写す鏡だ、とよく言うけどほんとそれ。

好きは嫌い
ムカつくは羨ましい
バカにしてるは自分にもその節あり
大切にしたいは壊したい
寂しいは欲張り

……

向き合えば向き合うほど、アンビバレントなことばかり。
ギクッとしちゃうな。

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観音様って穏やかで優しい表情に見えるときと、
感情どこいってん?みたいな完璧な無表情に静かな怖さを感じるときありません?

彼もおんなじ顔します。
空高い雲の上から。

鬼と観音…アンビバレント!

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Aya Shimohara / 下原亜矢

フリーランスで活動するアーティスト・イラストレーター1986年生まれ。大阪在住、NY ロンドンなど欧米を中心に展示活動も行う。【海外活動のあれこれとか日々想う事】など書いてます!https://ayashimohara.com

文章「海外活動のあれこれとか日々想うこと」

気が向いた時書きます。
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