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穏やかな変化の物語。「賢い犬リリエンタール」

社会人になってすぐの頃、よくジャンプを読んでいました。
その頃、ワンピースとかNARUTOとか…たくさんのおもしろいマンガがある中で、特にわたしが夢中になったのは、「賢い犬リリエンタール」でした。

日野てつことその兄は、海外でお仕事をしているお父さん・お母さんから「弟と一緒に帰る」との手紙を受け取った。帰りを楽しみにしていた二人。しかし、その目の前に現れたのは、喋る犬、リリエンタールだった…!

そこから、弟として認められたいリリエンタールと、変な犬を弟と認めたくないてつこの、おもしろおかしい日常が始まります。
てつこ自身は、ちっともおもしろおかしいと思っていないのですが。


小さなかわいい犬がメインキャラクターであり、子ども向けと捉えられそうなこのマンガ。しかし、大人になったからこそ忘れたくない優しさや真理がたくさん描かれており、ぜひ多くの人に読んでみてほしい作品なのです。

というわけでこのnoteでは、わたしの「賢い犬リリエンタール」大好きポイントを、ご紹介したいと思います。
少しでも、興味を持って頂けると嬉しいです!


①リリエンタールの行動原理

リリエンタールの行動原理は、とても単純です。

物語には、悪者が出てきます。
実はリリエンタールは、喋ることができるだけでなく、常軌を逸した不思議な力を持っています。それを狙って、悪そうな組織のやつらが奪いにくるのです。
しかし、1話目でさっそく狙われたリリエンタールが、半ば反射的に、悪者の青年を助けちゃう場面が出てきます。

「なんで助けた?」という悪者からの問いに対する、リリエンタールの答えが秀逸です。
このセリフに、わたしはいつも元気付けられます。ここは1話を読んでみてください。リリエンタールは、素直で、相手への共感を重んじる、とにかくいいやつだということが分かります。

大人になればなるほど、わたしたちの行動原理は複雑になるばかりではないでしょうか。
自分の損得を考えたり、あるいは、自分には何の関係もないのに「あいつが得をするのが悔しい」気持ちから邪魔してみたり。良いことをするのにも「これは偽善なのではないか」と思い悩んだり。

でもリリエンタールの心にはいつも、目の前の人を思いやる気持ちしかなく、行動も「そのまんま」です。複雑な損得勘定なんて、できないのかもしれません。

わたしも、リリエンタールのように素直な人になりたくて。今も読み返すたびに、「リリエンタールみたいに単純な行動原理に従っても、いいやん!」と背中を押してもらいます。


②謎解き要素

そんなリリエンタールの「不思議な力」は、ものすごい能力ではあるのですが、ちょっとだけ、まわりの人々を困らせてしまうときがあります。しかも自分自身ではコントロールが難しいようです。

なので、一度その力を発動してしまった時には、どうにかして解除する必要が出てきます。

「なぜその力が発動するのか?」そして「どうやってその力を解除するか?」が、賢い犬リリエンタールのおもしろ要素になっているのです。

これはあまり詳しく書くと、激しいネタバレになります。ぜひ読んで確かめてみてほしいです!


③とりまく人々の魅力

物語の中心になる、てつこと、リリエンタール。
彼ら自身の魅力もさながら、周りの人々も魅力的!

優しくてのほほんとした、てつこの兄。
お隣さんの双子の姉弟、好奇心旺盛な姉「ゆき」と、頭が良くて落ち着きのある弟「さくら」。
のちに日野家の一員になる不思議な仲間たち。
あるいは、悪そうな組織のやつらも、敵のはずが味方になっちゃったり。(「紳士組」のことが好きな人も多いはず!)
敵のままでも、かわいいやつだったり、考え方に共感したり。
わたしは全員のことが大好きです。

リリエンタールでは、どんなにちょっとしか出てこないキャラクターでも、「捨てられていない」のが大きな特長だと思います。葦原先生の、キャラクター一人一人(一匹一匹?)への愛が感じられます。

たとえば1話目で、てつこと兄、リリエンタールが乗ったバスに、乗り合わせた人々。みんなみんな、とてもいい人たちです。
乗客とバスの運転手さんの掛け合いを見ているだけでも、その超!超!牧歌的な世界観を感じられると思います。


④てつこの葛藤

そんな牧歌的なリリエンタールの世界ですが、てつこは、少しだけ苦しい思いを抱えているようです。

てつこは、いつからか学校に行かなくなり、以来、『普通』であることに執着しています。
だから、犬が弟なんていう変な状況も嫌だし、リリエンタールが持っている不思議な力のことも嫌だと思っています。リリエンタールが出歩いて町の人に関わるのも、どうも嫌みたいです。

しかし、町の人たちの様子を見ていても、日野家がちょっと変わっていることに対し、否定的であるようには思えません。むしろ好意的な感情を持っているようです。

ではなぜ、てつこはそんなに『変わっている』ことを気にするのでしょうか…?
その答えは、2巻第14話からの、クラスメイトの女の子「うさみ」が出てくるお話のなかで、初めて描かれることになります。てつこには、トラウマになっている「ある出来事」がありました。

この「うさみ」のお家である本屋さんで、またリリエンタールの不思議な力が発動してしまい…!?というところから、お話が二転三転。

…このお話は、てつこの苦しさ・葛藤・「マイナスに働く気持ちの止められなさ」に共感しすぎて…、不覚にも涙なしには読めません!

でも苦しさだけではなく、てつこを思いやるリリエンタールに救われ、また、頼りになるお隣さん「さくら」のセリフに救われ…やはり、涙なしには読めません!

ちなみに第4巻のエピローグでも、このトラウマに関連するお話が展開されます。そこでも、てつこを大事に思う人たちと、リリエンタールが活躍。てつこは彼らの行動に、言葉に、救われます。
「てつこも周りの人々も環境も、少し変わっているかもしれないけれど、だから何なん!?めっちゃいいやん!!」とここでもわたしは号泣。

この物語は、てつこがリリエンタールに出会ったことにより、自分自身を受け入れる、穏やかな『変化』の物語でもあるのです。


* * * * * *

さてさて秋の夜長、読書を楽しむ方も多いことでしょう。
賢い犬リリエンタールは、全4巻の短いお話です。一夜で楽しめてしまうのも一つの魅力。
ちょっとおかしな喋る犬と、愛しい仲間たちの日常を、ちょっと覗いてみませんか。


ライティングを学び合う会員コミュニティ、sentenceのメンバーが月ごとに「特定のテーマ」についてや「自由投稿」という形でマガジン「gate, by sentence」を更新していきます。
10月のテーマは「変化」「色彩」です。このnoteは「変化」をテーマに、お届けしました。

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