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本と書店を愛する、全てのひとに――村山早紀『桜風堂ものがたり』

 ある地方の町、古くからの書店が起こした温かくも胸の高鳴る奇跡――。
 読者の心の温度を自在に導くこの物語は、読むと体の奥底から込み上げる心地よい熱を感じられるものでしょう。



最初に


 作者の村山早紀さん、実はこのお名前は私が今年の4月にTwitterを始めてから知った方なのですよね。今のところ『桜風堂ものがたり』と『星をつなぐ手』しか読めていないのですが、正直なところTwitterを始めてから初めて読んだ20余名の作家さんの中でも特に好きなお方です。
 そう思うくらい素敵な物語であり、素敵な作家さんでありました。


本読みならば心躍る物語――題材の妙


 ある地方の町、老舗百貨店内にある長い歴史を持つ書店「銀河堂書店」
 そこの文庫担当として勤める物静かな青年、月原一整は「宝探しの月原」とも周囲に呼ばれることもある〈鼻の利く〉書店員でした。

 そんな彼は出版社から届けられた刊行予定の小説のリストから、ある一つタイトルを見つけます。
 その小説の名は、『四月の魚(ポワソンダブリル)』
 フランス語でエイプリルフールを意味するこの物語は、往年のヒット作を連発したあるシナリオライターが初めて書いた小説でありました。

 不思議と惹かれた彼は、出版社の営業担当にこの本を推したいと告げます。その言葉から動き出した周囲。しかし、そこに差す暗雲があって――。

 苦難の先、しかし本に宿った力――運命を拓く力とでも言うべきものは、人々によって積もり紡がれた努力の果て、ある一つの奇跡を起こします。

 

心の温度を導く物語――熱をもたらす構成


 この物語の凄いところは、私達読者の心の温度、あるいは消沈と高揚とも言えるものを、在るべきように、実に効果的、劇的に動かす所にあります。

 序盤、事件を切っ掛けに物語全体に立ち込めた悲壮感や閉塞感。
 あれは「普段善良な人」だからこそありえたかもしれないという現実感、そして「無意識に己がそちらに回らないとも限らない」という恐怖感を伴って、非常に重い質感をもって心にのしかかり、迫ってきます。

 ここで冷えた心を、物語の展開に従って少しずつ、少しずつベールを剥がすように温め、そして周囲の人が積み上げた努力の結実を目撃することによって一気に跳ね上げさせるのです。


 暗くなった視界が、物語が進むにつれ加速度的に開かれ、明るくなっていくような、そんな尻上がりの高揚が楽しく、温かい物語です。


幻想にして理想の物語――作中作について


 作中作『四月の魚(ポワソンダブリル)』。

 私が以前Twitterにて募集したハッシュタグ企画「#読んでみたい作中作品」(クリックで当該ワード入力済みのTwitter検索ページに飛びます)でも非常に「読んでみたい!」という声の多かったこの作品、これをきっかけに『桜風堂ものがたり』を読んだ私にとっても強く頷ける話です。

 あ、ちなみにタグに参加してくれた方のツイートをまとめてありますのでよろしければどうぞ。本当に思い思いにたくさんあって面白いですよー!


 ……さておき。


 この作中作、非常に魅力的なのですが、だからこそ「現実に読むことは出来ない」……と思うのですよね。

 その理由は単純で、《物語で魅力を示された物語は、その実を叶えるのが難しい》からです。

 卑近に言い換えると「示された面白さのハードルを超えるのが難しい」とも言えます。

 共通幻想、とでも言えば良いのでしょうか。
 ありもしない、ありはしない、ありうるか分からない。
 そういう、文学か、文芸か、ともかく物語への幻想。

「確約され、昇華された美しさと面白さを持つ、想像されるだけの物語」


 そういうもので、在ると思うのです。
 作中作には、往々にしてそういうことがあるのです。

「きっとこの作品は面白い」というのを、面白い作品の中で扱ってしまうと、非常に実現が難しくなります。それは物語への期待――理想にして幻想が、際限ないものとなるからです。

 しかし、だからこそ。

 だからこそ、作中作品というものは、非常に魅力的に映るのでしょう。


最後に


 この物語は温かく、優しい物語です。繊細な綿菓子か、優美な有平細工のような、じんわりとろけるように甘く、幸福を謳い上げる物語です。
 そしてその甘さは最初の苦さによってより引き立つ物語です。

 読みすすめるうちに、目頭は熱くなります。
 きっと視界はぼやけるでしょう。
 でも、それは『四月の魚(ポワソンダブリル)』のように、悲しくはない涙です。温かい、情動です。

 そういう、心洗われるものがたりなのです。

 ぜひ、読んでみて下さい。


 ……ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。

 よろしければ2019上半期ベスト10冊でタグ付けした(マガジンにもしてます)私の他の記事や、あるいは私のnoteも見ていって下さると嬉しいです。


 ……本当に、最後に。

 
 こちらも、よろしければお読み下さい。

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