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運命の恋愛譚の序曲――古宮九時『Unnamed Memory Ⅰ』感想


 長いお伽噺の始まりたる第一巻。重々しく始まるかと思えばコミカルに展開される洗練された物語に、きっと楽しみながらも引き込まれるでしょう。



初めに


 心配してた絵は素晴らしく素敵でした。
 油絵と水彩の混ざったような鮮やかでありつつも繊細で、どこか郷愁を誘う幻想的な色使いと言った印象です。しっとりとしたタッチが作品世界によくあってるなぁと思います。
 Act.1の全巻通して口絵の中では一巻の最初の絵が一番好きかもしれませんねー。
 霞む遠景と佇む二人が世界の空気感、お伽噺な雰囲気をよく表しているなぁと感じました。
 ノスタルジックでファンタジー。……まぁ、ただの言い換えですね、

 ここから先書くものはとりとめもない感想ばかりになります。書かないことも多いけど、「ライブ感」と言い張って徒然書いていくのです。パッションのままに書くのでたぶん読み辛いかもです……。


 その辺り、笑ってご寛恕くださると幸いです。


 呪いの言葉と青い塔


 物語の触りになる部分。
 世界の雰囲気やルール、登場人物の性格や関係性、物語の空気感や伏線をこれでもかと詰め込んだ「凄まじい」プロローグでした。オスカーとティナーシャの性格を端的に理解させたりだとか、初見でも(え、文言はあれだけど祝福ってことはもしや「沈黙の魔女」ってもしや……?)なんて疑問の伏線も過ぎらせる、非常に濃やかな要素の配置と話立てだと思います。ほんっっと吃驚。
 敵性と思っていた存在が単純な敵でない、というのは定番ですが、血筋とそれに由来する思いやり(というとニュアンスがずれますけども)を香らせるのはめちゃくちゃ面白いなぁと。
 紹介ノートでも触れたましたがティナーシャとオスカーの邂逅後のシーンの情報と空気の密度は本当に異常です。(純粋な褒め言葉)

 話の筋も三巻の長月達平先生の解説でも触れられてましたがこれだけで一作出来るだろって感じの題材で、それをこんなすんなり濃厚にまとめ上げちゃうんだからただただ驚嘆します。なんという贅沢(?)

 で、笑えるといいますか、そう言う方面で気に入っている話。
 求婚をはねつけるティナーシャはもちろんですが、書籍11ページのオスカーの「沈痛な顔して帰れ」なんて発言なんかはとてもいい感じでした。「本当にその通りでしかないんだけど君がそれ言う?」と言った感じ。おかしみと、しょうもない事実と、そしてオスカーの圧倒的な自信とラザルとの関係性。それらが鮮烈に表現されていてとても印象的でした。
 ティナーシャの発言が面白いのはいつものことですね。「柔軟に過ぎる!」は初回は死に笑いしたなぁ……。


 繰り返し触れられる過去


 はい、長大な伏線えっぐい。や、警告してきた男に関して明らかに未解明なまま終わったので分かりやすいと言えば分かりやすいんですが一体何段重ね?というね。あと、後のお話読んでいるうちに忘れそうになりました(実話)。ふとした時に「あれ? あの男について何か分かってたっけ?」と疑問には思いましたが素通りして置いといちゃう私のズボラぶり。悲しみ。
 あと別件だけどフラッシュバックする記憶も意味深だけど描写そのものではなくて思い出せることそのものが伏線ってなにさ。とんでもないよ。

 守護結界の詠唱の語選のセンスも好き。重みが好み。
 あと、ここまで強い言葉を、魔女のティナーシャが使うという意味ね。
 ……うん……うん…………。

 オスカーのふとした気遣いとティナーシャの人馴れしてない感じがめちゃくちゃ可愛いお話にも思えました。普段オスカーをゴリラゴリラと言ってるけど実は彼も可愛らしいというか、不器用なところあるよねという。そこが可愛いというか、萌えるというか、悶えるというか、微笑ましい。
 え、ティナーシャ様?
 安定して可愛いに決まっておろう。
 だってヒロインだよ? よくお腹に穴空くし、挙句の果てには作者さんには漬物石に例えられるけど。

 

 夜の透明


 ティナーシャの目的が示唆される部分。
 永い時を過ごした意味に心痛む話。

 前章もそうですが、ティナーシャの剣の腕の自己申告詐欺が激しくて笑っちゃいました。

 ティナーシャの少年のような口調と永くを生きる魔女ゆえのいちいち動じない態度が無垢な少女のような性質を想起させるのは前からでしたが、ここにきて一気に強くなった感はありますよね。とっても好きなパーソナリティ。複数の印象を一つに重ねる手法の鮮やかさがすごいなぁと思います。

 それから媚薬の事件はオスカーが偉かった。よく我慢しました。本当に我慢しなくても支障がないのに我慢する辺り流石。でもそれを言っちゃってからのやりとりが面白すぎてねぇ……。でも「すごい! えらい!」って当事者のティナーシャ様君ね……?

 話の終いの空気と読後感は切なくて、魔女の魔女たる所以、そしてティナーシャの魔女らしさといいますか、人間と距離を置こうとする所作に寂しくなるお話でもありました。


 湖の畔


 因縁のお話。
 ここは一巻の一つの山場だけに詳しく話すのも無粋かなぁ。

 魔獣との戦い。
 激戦の中の「どれだけフサフサなんだ……」って言い回しは間違ってないけど違うと思うんだティナ様……。

 戦う前のふたりのやりとりと、戦いの後ぼろぼろで戻ってきたティナーシャを見たオスカーの余裕の無さ。どれも「好きだなぁ……」とじみじみ思う描写です。

 「余裕で勝て」はここから繰り返し出る言葉ですが、思いやりと信頼と斟酌と自戒とが合わさったような言葉で、個人的にとても好き。
 重いよね。だからこそ、とても、好き。


 水の中に落ちる


 オスカーのティナーシャへのスキンシップがいよいよ激しくなるとともにスキンシップの効果が空気になってきたお話。あんめもクオリティな甘さの置き去り。ティナーシャはしょっちゅう抱きすくめられるし自分からオスカーの膝に乗りすぎだと思うんだ……。
 その辺りもいちいち可愛いと思う自分は重症かも……(?)

 でもティナーシャはオスカーの思いを薄くでも自覚するしオスカーは完全に自覚するから意味が薄いなんてこともなかったのかも。以後のティナーシャがオスカーの好みの影響を色々とさり気なく受けまくるのがいじらしすぎて悶えます。

 ラザルの実直さ・人の良さと、悲しい水妖のお話。
 なにげに死後の魂について語られることが大切なパーツになってるのが振り返ると面白いなぁと思います。あと、現実の逸話に具体的なモチーフがあるのがちょっと物語全体では異質な話かも。
 オスカーの王族たる由縁、そして王族たらんとする意思と矜持の高さに疼痛を覚える話でした。水妖がティナーシャと重なるのは切ないなぁ……。

 

 それはさておきここも好き。


 「仲よろしいんです」も好きだなぁ……(笑いつつ)


 森の見る夢


 ルクレツィアお姉さまの登場回(お目々ぐるぐる)
 やったーー!
 いやぁぁぁ、挿絵のお姉さまの表情が素敵過ぎる。口元はいたずらっぽい笑みを浮かべてるけど抜け目ない眼差しをしてるのが最高に素敵。素敵。
 もちろん言動も好き!
 ことティナーシャが関わるとルクレツィアは「慈母」って言葉が似合う気がするんですよね。
 あと、ちょっと違う話をすると、後ろで壁に背を預けるオスカーの引きつった口元と前身に漂う虚脱感が笑いを誘います。

 順番が前後しますが、ヴァルトの暗躍と言いますか行動が湖の畔を受けて明確に描写された回なのも面白いところですね。
 物語の構造について考えさせられます。

 で、本題。
 黙って行動したオスカーとラザル、そしてルクレツィアがオスカーに掛けた呪いをティナーシャが解くところ。

 まず本当に冒頭のオスカーが子供みたいのが微笑ましい。振り回されるラザルも相変わらず不憫。とばっちりで瘴気食らうのも不憫。
 でもオスカーのティナーシャへの望みを言ったのは強かだなぁ、幼馴染だなぁと感心します。
 いや、あれは何かルクレツィアに盛られて漏らしたのかな……?
 それでもやっぱり徹頭徹尾ラザルは不憫。彼には強く生きて欲しい()

 そして男主従二人が帰還後のティナーシャのポンコツ&勘違いぶり。流石の安定感。

 からのあの解呪。読者の心も折るつもりかな?

 しんどいー。でもUMはそういうものだからこそ好きなのですよー……。
 ルクレツィアの試しから王と魔女、最古と最強の魔女それぞれの関係性が分かる、良いお話だったなぁと思います。

 しかしラストのやりとりはずるいですよー。悶え死ねます。


 形に息を吹き込む


 魔女と王の模擬戦。育てる育てる。
 その後の夫婦漫才。そしてオスカーのティナーシャへの思い。

 急転の事態と、不快な客人。操られた人。吐かれた呪詛。

「……いつもいつも似たようなことを言われますが……私が自分から人心を惑したことなんてありませんよ」
「そっちが勝手にざわついてるんじゃないですか」
「……人の心なんて……欲しくもない」


 ……胸が詰まる、異質の言葉。

 抱えきれない拒絶に、装った感情。
 心は沈み痛んで。見るのも辛い、お話です。

 印象深く、好きであっても。
 ……好んで思い出したい章ではないんですよね……。


 この息は彼方の息


 オスカーの出自とこの世界の魔法についての大事なことが語られる部分。
 魔女の王に掛ける思いと、終幕への足音が聞こえたお話。

 前章の残滓は色濃く、ほろ苦さと重苦しさを胸に抱えるお話です。

 悲しくて、でも喜ばしくて。
 登場人物と、読者の複雑な胸中はいかに。


 今宵、月の下で


 『執着』にまつわるお話。
 王と、魔女と。歴史に傍に佇む一族と、魔法大国の妄執の残響と。
 それらの為す、仄暗いお伽噺。

 オスカーがティナーシャへの感情を持て余し始めてるのが「いいなぁ……」と心打ちます。

 王太子の花嫁と、しかしなお求められた魔女。切迫はしてないが閉塞的な空気感がしんどいですねー。あとここでも若さを見せつつも骨の髄まで王族であり続けるオスカーに感心したり。

 場面変わっての塔でのルクレツィアとティナーシャの会話は特に好きなんですが、ティナーシャの『私、枯れているんですか……?』は笑える以上に印象的な言葉だったように思えました。割とキーな気もするんですよね。

 そしてやっとのオスカーとティナーシャの温かみのある、しかしすれ違ったやりとり。それを解く二人。でも、やっぱり少しズレているように思えるのがどうしても物悲しいです。

 告げられたのは美しい祝福と、仄めかされた血筋。

「これを見ていると、愛情と憎悪は表裏であると思い知ります。とても……怖いですよ」

 

 ……致命的なすれ違いと、ぶり返すいつかの記憶。
 見えない魔女に成った由縁と、匂うファルサスの由来。

 これがあったからこそ関係が戻ったんですが、ひやひやしたなぁと思います。あとシリアスからのコメディへと移行するスピードと落差がすごい。あんめもクオリティ。

 そして。

 そして、この言葉。

「俺は選択肢がないからあいつを傍に置いてるわけじゃない。あれ自身が気に入ってるから置いてるんだ。どんな他の女を連れてきても意味がないし、迷惑だ。あれ以外を選ぶ気はない」
「ここまではっきり言っても分からないのか。選択肢が一でも百でも千でも、俺は必ずお前を選ぶ。変な気を回すな。ややこしい」

 うーん、好き。次の地の文も大好き。

魔女は、あまりのことに二の句が継げないらしい。その美しい顔が真っ青になり、次に真っ赤になるのをオスカーは面白く眺めた。

 最高にティナ様が可愛いしオスカーがかっこいい。
 めっちゃ王族だけど。
 こういう表現はピントがずれますが、上からだけど。


 で、ミラリスと再構成された魔獣。

 ここでも出る「余裕で勝つ」という言葉。
 それから、ティナーシャの強い自覚。

 初めてのちゃんと協力しての戦いと魔女らしい振る舞いに痺れつつ。

 次の言葉で、感情が止め。

「私がいる限り、貴方は負けません」
 それは痺れるほどに甘い、魔女の約束だった。

 ~~~~~~!!!!!(死)

 いやぁ、飛び切りに好きな表現。好きな地の文挙げてたらキリがないので触れずに自重してましたが、これはね。ほんともうね。

 ありがとうございます本当にありがとうございます(?)

 ……そして、後味の悪い、終わり方。
 物語は、加速していきます。


 無名の感情


 終わりの匂いは寄ってきて、でも悲しくはなくて。
 いつもどおりの漫才のような軽妙さと、このお伽噺ならではの透明な美しさと。そういう感情をもつ、お話でした。

 

 おまけ


 私「お前らさっさと結婚しろ!(するね)」

 ……以上!


終わりに


 まぁ読んでて楽しい。そして本当に嬉しい。
 によによしちゃうし、はらはらしちゃうし、切なくなるし、笑っちゃうし、胸が詰まる。感情が、振り回される。それが楽しい、物語でした。
 なにより、それだけも心動かされる印象深い物語を本で読めるということが、なによりも嬉しいのです。

 書籍化、本当におめでとうございます。
 一読者として、心から嬉しく思います。

 このお伽噺を本として出してくれたすべての人に感謝を。

 ありがとうございました。

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