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美しくも密やかに心を揺らすもの――住野よる『君の膵臓をたべたい』

 紡いだ物語の、贈る言葉と命題の静かな衝撃――。
 ある少年と少女による命の価値と人生を問うこの物語は、結末と題名の意味、そして示された命題の鮮烈さに胸震えさせることでしょう。


最初に


 実は私、幸運にもWeb版を読むことのできた人間なのですよね。
 正確には覚えてませんが、確か読み終わってからそう経たないうちに削除されたように思います。

 ざっと見た感じ「また病気の人との悲恋系か……」なんて感想を持って読み始めたのを覚えてます。読了後そんな感想はぶっとびましたが。

 書籍は電子でコミックスから入りました。
 原作の尊重を随所に窺わせ、全体として小説体の影を帯びながらも漫画ならでは表現を尽くした、非常に良いコミカライズでありました。正直ここまで上手く言ったコミカライズはめったに無いのように思えます。
 私は基本的にメディアミックス作品をすすめることはないのですが、これに限っては強く推します。ぜひ、読んでみてください。

 ……あと、この作品は正直なところ感想を言うだけでも致命傷クラスのネタバレになるので記事が非常に薄くなります。具体的な内容についてはあまり触れることが出来ません……。


少年と少女の得たもの


 終盤まで名前の出ない主人公、「」はある時、病院のロビーの隅のソファに、ぽつんと置き忘れられた一冊の本を見つけます。
 ブックカバーの掛けられたその本は、手書きで『共病文庫』と題されており、中身には死を招く大病を患った人間の記録が綴られていました。
 知るべきでない秘密を覗いてしまった主人公。そこで折り悪く本来の持ち主――クラスメイトの山内 桜良 (やまうち さくら)と出会いました。

 思いがけず彼女と秘密を共有することになった彼は時に強引に、時に半分己から、周囲に余命を隠す彼女と関わりを深くしていくことになります。


 他人に興味がなかったために人と関わるのを諦めていた少年、
 大病を患うも朗らかさと思いやりを忘れない人気者の少女、桜良

 彼らの紡ぎ出した物語は危うくも確かに彼ら自身を変えていって――。

 ――しかし明くる夏の盛り、彼らの物語は結末を迎えます。


少年について


 割と口が悪く、しかし少年離れした高潔さ、あるいは潔癖さを持っている「彼」は、作中で『己の悲劇に悲しまない彼女』の前で勝手な感情を抱くこと――同情したり、悲しんだりすることを繰り返し忌避します。

 「他人に興味がない」
 「人をどう思おうと、人にどう思われようと勝手であり、関係ない」

 そんな風な考えを持つ不器用な彼は、桜良と関わるうちに少しずつ、少しずつ己を変え、世界を見つけ、見つめていくのです。

 それが一気に示される終盤は、湧き上がる情動を心打たれます。


少女について


 死を宣告されているというのに、その事実を周囲に秘密にし態度にすら出さない彼女。
 その理由はどこまでも優しいからで――でも、なにより、弱いがため。

 己だけで生きていける「僕」を慈しむように、でも憧れももって関わる彼女もまた、例えようもない気持ちを抱いていきます。

 その様、真綿に包むような真情は、密やかな情動をもたらすのです。


最後に


 あんまりにもネタバレが怖すぎて微妙にしか書けませんでしたが、何度読んでも非常に面白い物語です。
 個人的にはコミック→小説→コミックがおすすめと言いたいです。ぱっと読む分には漫画が適してますし、内容の不足などで漫画で困ることもないです。登場人物の感情の表現が漫画の方が分かりやすいのと、小説では非常に多い主人公のモノローグがすっきりするのでとっつきやすいのですよね。

 Web出身の現代小説に置いて屈指の大傑作と言える本作、ぜひぜひ読んでみて下さい。


 ……ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。

 よろしければ2019上半期ベスト10冊でタグ付けした(マガジンにもしてます)私の他の記事や、あるいは私のnoteも見ていって下さると嬉しいです。


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