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胸躍り瞠目するは或る男の旅路――筒井康隆『旅のラゴス』

 学究の旅に薫るは随所に練り込まれたSF的質感の光る異郷の風――。
 多くの異質な要素を隙なく組み上げたこの物語は、異なる土地の風土風俗を独特の感触を持って味わわせてくれるものです。



最初に


 筒井康隆先生と言えばSF、ということはおそらく多くの読者が一致して持つ見解だと思います。もちろんジャンルの横断的な作品もまた、先生の特徴ではあるのですが。
 そんな筒井先生が世に放ったこの物語は、先生らしくどこかSFの要素を織り込みながらも、ファンタジーの醍醐味のひとつでもある『遠国の情景を感じる』ということを存分に醸し出すものとなっています。


学究の旅路と風土を感じる世界


 かつて星の外から高度な文明が飛来し、しかし滅びたあとの世界。
 近代的な都市国家圏を築く北の都からかつてあった星外文明の知識と叡智を得んと痕跡の残る地――南方大陸へと旅を続ける男、ラゴス。 

 衰退し、しかし再び発展を始めたこの世界において最も先進的な学校を出た彼は、一路南へと見聞を広め、あるいは人(主に女性)と深く関わり、時に苦難を乗り越えながら続ける学究の旅とそれからを描くのが、この『旅のラゴス』です。


 この物語はまるで目の前にあるような、そんな力強い質感をもって描かれる異郷の姿が、本当に魅力的です。

 土地に根ざした超自然的な能力(※古典的な文脈の『超自然的』)を当たり前に持つ人々の築いた風俗と文明。
 異空の下で生を謳歌する異種の生物と自然。
 旅を進めるうちにさまざまな人とものと出会う彼の心の動きを垣間見て、あるいは描かれる世界の鮮やかさに陶酔しながら楽しむ物語は、学究という一見縁遠くもある問題を手元に手繰り寄せながら非常に愉快で興味深いお話に仕立てています。


旅の男・ラゴスと彼を取り巻く人々


 北の都市国家群の名家に生まれた男・ラゴスは、かつて滅びた文明の保持していた知識を得て持ち帰ることこそを人生の命題と定め、旅を始めました。その旅路で多くの人々と出会い、関係を深め、時に別れていくのです。

 シニカルで若干ドライなところもありつつも基本的に良識的で倫理的な人物であるラゴスが、自己形成、言い換えれば成長をしていくこの物語は少し珍しい、面白い視点で描かれていきます。

 一つの目玉とも言える女性との関わり方も概ね自身の目的のために禁欲的かと思えば、いやらしさは感じさせないものの割と生身の男であったり、かと思えば探究心を優先させる童のような行動を取り、しかもそれに整合性を感じさせます。
 奇妙なまでに良心的でしかし現実的、また理想家的でもある彼はまさに「学者」、ひいては「知の探求者」としての振る舞いを重ねながら旅をするのです。

 それすらどう変わるかが、この物語の大きな見どころであるのでしょう。



物語の連続と命題の再定


 この小説は珠玉のようにひとつひとつが魅力的な物語が、短編連作のように繋げられて出来ています。その読者の意識の上では断続的で、しかし登場人物たちの意識の上では連続した構成は、読み手に世界の見方を途切れさせながらも色鮮やかに楽しませる役割を果たしています。

 また、己にこうと定めたこと達成せんと淡々と歩みを進める彼が、少しずつ変えられ、変わっていく姿。それが連続性の文脈に置かれているのがとても面白く、必然と感じさせるものがあります。なにより主人公の思いの連ねは一見簡素なのに、叙情的に語られるこの小説の文章は、それだけで非常に味わい深いものです。

 この物語はあくまで『旅』を描くもの。それを念頭に、ラゴスが何を命題とするかに着目するとなお一層、味わいが深くなると思います。


最後に


 正直今回上手くまとめられた気がしないのが悲しいところ。後半になるにつれてますます分かり辛くなっている自覚はあります。

 とかく、まさにSF的な要素の他、SFの潮流を汲んだ読者に対して、常識に対して挑戦的な趣のあるこの物語は、描かれる世界の風と光、温度を感じながら旅をするように楽しむことのできるものです。

 文明を彼方に置く遠国の人と情景の物語、そうしたものを読みたい方はぜひぜひ、お手にとって見て下さい。

 ……ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。

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