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female #006

茂木雅世さん/30代/日本茶アーティスト


「自分の好きなものに埋もれて生きていたい、それの何が悪い、って思います。」


 茂木さんは日本茶アーティストとして、日本人にとって馴染み深い、お茶を中心とした活動をしている。
「お茶と女性を組み合わせると、どうしても着物だとか、育ちがいい、というイメージが先行しがちなんですが、そういうイメージで私の活動を見ると驚かれるかもしれません。気持ちは“お茶+ロック”。
 以前、高円寺で急須を割るパフォーマンスをしたことがあるんです。いま思うと、激しいことやったなあと思います。(笑)見に来てくださったお客さんの中には、それこそ上品な感じの年配の女性なんかもいて、そういう方には心配されてしまいました」



 インパクトのあるパフォーマンスだったことが想像に難くない。日本茶を通じ表現される“何か”。お茶道具の代表とも言える急須を割る…既存の概念や通念を壊したかったのだろうか。その姿勢はとてもロックだ。
「お茶業界も、男性が多い業界ではあります。女性が何か目立つ活動をしていると、注目されたいだけで、どうせすぐやめてしまうだろうと思われてしまう。そんな中で、何かできないか、どうしたら人に見てもらえるのか、いろいろ考えながら活動していました。」
 男性が主体の社会で、女性がその働きぶりを認めてもらうのが難しいことは、社会に出た女性なら誰しも少しは覚えのある感覚ではないだろうか。伝統や格式を重んじるコミュニティの中では、その傾向は特に強くなりやすい。煎茶道も、それは同じのようだ。



「お茶の淹れ方の本の内容を見ると、男性的な表現が多いなと感じるんです。コーヒーもそうですが…。お湯は何度で、蒸らし時間は何分で…など、お客さんの対応をしていても、男性の方は“数字”や“正しいやり方”を知りたがる方が多いんですよね。本に書かれていることというのは、そのニーズに応えたものが多いんだなと。それももちろん大切なんですが…でも私は、実は正解なんてないんじゃないかって思うんです。だいたいの目安はあっても、その日の気温や湿度によっても美味しく感じる温度や蒸らし時間はちがうし、何よりその人の好みがある。自分でそれを探して、今日はこのくらいかな?って、そんな感じのゆるさが楽しさなのではないかと思うんです。」

 確かに、味覚は個人差が大きい部分だ。渋いお茶が好きな人もいれば、あまり抽出せずアッサリが好きな人もいる。数値化された情報に従って、“これが正解”と決められたものを美味しいと思わなきゃならないなんて、なんて窮屈なのだろう。ある一つの方向性に絞って、それを極めることの価値は確かにある。一方で、レンジを広く持って「これも、よし」とたくさんの魅力を発見する楽しみ方もある。品種改良を重ねたバラを鑑賞するのも、道端に咲いている花を愛でるのも、それぞれに価値があるように。

「私は毎朝、まずその日に飲むお茶を淹れるのが日課なんですが、そうすると色んなことが見えてきます。同じ味のお茶なんて入らなくて、その日の気分みたいな、ちょっとしたことですぐ揺らぐ。体調は鏡を見れば分かりますが、私にとってお茶は心を映すものです。こういう日々の揺らぎを受け止められるのは、女性の方が得意なのかなと思います。」



 お茶の成分や、形式を作ること、時間や量などの数値を割り出すこと…それらも大切なことではある。それなしに“道”は作れないし、ある程度の目安があることで誰もが美味しく味わうことができる。ただ、それに囚われてしまっては、“お茶を飲む”という行為自体が何か味気のないものになってしまいそうだ。お茶は飲むために淹れるもの。時間や分量が少しくらい違っても、美味しく飲めたらそれでいい。

「お茶は、日々の生活を少し彩ってくれます。それが思い出と繋がって、お茶を飲んだ時に何かの記憶を呼び起こされたり…そういう精神性がある。私は、お茶や表現活動を通じて、自分との対峙をしているんだと思います。表現の根底に、“絶望と怒り”があって。違う、こうじゃないと思うことや、ここじゃないどこかを思うこと、なんかが原動力のような気がします。その反面、嫌われることが怖い自分もいて、かなり苦しい時期もありました。でも、ここ2年くらい、“見てもらわなきゃ”という意識がなくなったんです。変に力んでいた部分が無くなって、やるべきことに集中できるようになりました。」



 お茶と精神性がここまで深く結びついているのは茂木さんならではだが、そこを重要視したことには強い女性性があるように思う。
「感覚が大事、と思います。私生活でも、仕事でもそう。型にはまった何かに惑わされないで、自分の美味しい、気持ちいい、好き、という感覚が大事。自分の好きなものに埋もれて生きていたい、それの何が悪い!って思います。お茶も、そうやって楽しんで欲しい。伝統的なものだけじゃなくて、美味しい、素敵なレシピがいっぱいある。そういうものも楽しんでもらえたら」

 この夏、茂木さんから教えていただいたレシピでお茶を淹れてみた。緑茶を、1時間ほど無糖の炭酸水で抽出するというもの。炭酸の泡でお茶っ葉が躍る。みるみる色づいていく水色が目にも楽しい。家を出る前に作って、休憩時に飲むのにちょうど良く、暑かった今夏の楽しみになった。色々なお茶っ葉で試したが、炭酸の苦味でいつもより大人っぽい味になる。渋くはならず爽やかで、ちょっとしたカクテルのようだ。
 少しシャープで、でも可愛らしく弾けた感じが茂木さんとお会いした時の印象に似ていて、そのお茶を飲むたびに少し茂木さんのことを思い出した。







2018年7月/茂木雅世さん/photo&text: アベアヤカ

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