3、ちくわ仲間現る

合宿は、学校からバスに乗って二時間ほどにある山奥のキャンプ場で行われる。
男女五名ずつの班に分かれて、カレーを作ってキャンプファイアーをして、テントを張って一晩を明かのだ。

非日常なイベントに僕は少々浮かれていた。優里奈から前日「他の女の子と仲良くしたら嫌だからね」と、かわいいことを言われたことも浮かれっぷりに拍車をかけていた。

大切なちくわは、多めに保冷剤を入れてカバンの一番奥に鎮座させた。かれこれ一カ月以上、変わらぬ姿のちくわは、たぶん、保冷剤がなくても腐ることはないと思うが、見た目は食材そのものだし、僕の不安を取り除くためにわざとそうしていた。備えあれば憂いなしだ。

だが、そのせいで荷物に注目を浴びる羽目になった。
「なんだこの荷物、やけに底が冷たいな」
バスから荷物を降ろしていた担任が掲げたリュックは、僕のものだった。
「す、すみません!僕のです」
「水筒でも漏れているんじゃないか?確認しておきなさい」
平謝りしながらリュックを受け取る僕に、周りから口々と「どうしたの?」「水筒が漏れたらしい」と不要な注目が集まったので、僕は慌てて集団から外れた木陰で荷物の中を確認した。

多めにいれた保冷剤が溶けて、リュックの底にはシミができていた。タッパーをほんの少し上げて、ちくわの様子を確認する。うん、とりあえず大丈夫そうだ。けれど本当に大丈夫かどうかは、穴を覗いてみなければわからない。

僕はそのまま列を離れて、トイレの個室に向かった。けしてきれいとはいえないキャンプ場のトイレでドキドキしながらちくわを覗く。
そこには、テントの張り方がいまいちだったせいで、ムカデとカメムシが入り込み、パニックになっている僕の班の様子が映っていた。…テントは、しっかりと張ることにしよう。

トイレを出ると、さっきまでいた集団がすっかりいなくなっていた。みんな移動してしまったようだ。
「大丈夫?みんな先に行ったよ」
声をかけてくれたのは、見かけたことのない生徒だった。
「ありがとう。えっと…」
「二組の伊織裕(いおり ゆたか)だよ。きみは?」
「あ、三組の斎藤敦史(さいとう あつし)です」
「斎藤くんか、よろしくね」
さわやかに微笑むと、伊織くんはトイレに入った。たぶん一八〇センチは超えていると思われる高身長で、イケメン俳優ばりのさわやかな面構えは、今のところ、学校で見た生徒の中では一番のハンサムだった。

顔もいい上に頭もいいとは、天は二物を与えられたのか。うらやましい。

僕は無事にみんなと合流し、カレーを作り、キャンプファイアーを囲んだ。テントを張る際には念入りに弛みや隙間がないかを確認した。
その甲斐もあり、ムカデやカメムシに襲われることなく、僕たちは中学時代の部活の話や、受験時のエピソードやクラスの女子のことを話し、満点の星空の元、眠りについた。

みんなが寝静まってしばらくした頃、僕は猛烈な尿意で目覚めた。
とてもじゃないが、朝までは持ちこたえられそうにない。渋々立ち上がり、トイレに向かった。

暗闇の中で、唯一煌々と照らし出されたトイレで用を足し、テントに戻ろうとした時、「斎藤くん」 と、呼び止められた。
そこに居たのは、二組の伊織くんだった。
「待っていたんだ、君の事」
「え?」
イケメンにそう言われて、女子なら頬を赤らめるところだが、僕は男だし、真夜中だし、トイレの前だ。

恐ろしさを感じ、後ずさりする僕に、伊織くんは、スっと何かを差し出した。それは、ちくわだった。
「え、な…っ」
一瞬、自分のちくわかと思ったが、伊織くんのそれは、僕のちくわとは、長さも焼き目も違っていた。
「やっぱり、君も持っているんだね。実は、今日ここで僕と同じようにちくわを持つ人物に出会えることを知ったんだ。ちくわの穴を覗いて」
まさか、と思ったが、あり得ることなのは僕が一番よく分かっていた。
「…いつ、手に入れたの?」
「半年くらい前からかな。おかげで受験は楽勝だった」
にやりと伊織くんは悪い顔をしてみせた。
うらやましい!死にもの狂いで勉強した地獄の日々が、走馬灯のように蘇る。

いやいやそれよりも、伊織くんのちくわを見る限り、半年も経つというのに腐っていない。やっぱりこのちくわは腐らないのだ。
「同士よ!」
僕たちは嬉しくなって、思わず握手を交わした。
「ところで、邂逅したばかりで何だが、君に話しておきたいことがあるんだ」
「なに?」
「…先日、僕は不吉な映像をちくわで見たんだ。あたり一面火の海で、それは地平線のかなたまで続いていて…。まるでこの世の終わりのようだった」
至って真剣な顔で、伊織くんは打ち明けた。穏やかではない予言に、僕の心もざわめき立つ。

「これは僕の仮説なのだけど…。近いうちに地球は大災害に見舞われるんじゃないだろうか。そのことを知っている未来人か、宇宙人が、それを知らせるために、僕たちにこの不思議なちくわを預けたんじゃないだろうか」

神妙な顔つきで語る伊織くんの話はSFアニメのようだ。ふつうでは信じられない話だとが、ちくわの穴が未来を予測するということは僕らの経験上、事実なのだ。

その事実がすでに常識を逸している以上、僕らの手元にやってきた理由に未来人や宇宙人などSF的な関わりがあってもおかしくない。
だが…。
「…なんで、ちくわなんだろうね」
「そうなんだよ!なんでちくわの形状をしているんだよな。これじゃ、世間に訴えかけたくてもカッコ悪すぎる!」
伊織くんは地団太を踏んで憤慨した。イケメンは、憤慨していてもイケメンだった。
「こら!お前たち早く寝ろ!」
見回りの先生に見つかり、伊織くんは咄嗟にちくわを懐に隠した。ちくわが担っている本当の役割についてもっと話し合いたかったけれど、仕方なく僕たちは各自のテントに戻った。

つづく
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