1、不思議なちくわ

ちくわを使ったメニューの中で、一番好きなものは、ちくわの磯辺揚げだ。単品でもいいが、うどんにいれると格別で、フードコートのうどん店に行くと僕は必ず選び取る。

ちくわはおでんに欠かせないし、母さんが言うにはお弁当の一品としても便利らしい。ご当地の噂を紹介する某テレビ番組では「ちくわパン」というものが紹介されていた。機会があればぜひ食べてみたいものだ。
そんなふうに多種多様に活躍しているちくわだが、好物ランキングで上位に挙げる人はほとんどいないだろう。僕もちくわより焼肉やカレーの方が好きだし、たとえちくわが磯辺揚げとしてエントリーしてきても、焼肉に勝つことは難しいと思う。

だけど、いま僕の中でちくわは日常生活においてかかせないものになっている。
いやむしろ、なくなると死んでしまうかもしれない。
 
僕とちくわが運命の出会いを果たしたのは、ほんの一週間前のことである。

僕は中三の男子で、世の中的には人生最初の難所と言われる高校受験生だが、季節はもうすでに中三の三月の半ば。
ようするに受験はすでに終わり、結果も得て、これまでの我慢を放出するごとく、遊びまくっていた。

カラオケとゲームセンターに入りびたり、家にいるかと思えばゲームばかりしていた。
夜更かしをして、昼まで寝て、生活リズムが狂っていた僕は夕方の4時くらいに猛烈に空腹を覚えた。

パートから帰宅したばかりの母さんに「何かない?」と尋ねたところ、
母さんはぶち切れた様子で
「これでも食ってろ!」と、ちくわを投げつけた。

最近の僕の生活態度にイライラしていた母さんは、受験が終わったばかりということで多めにみていたが、僕の午後4時の「何かない?」で、怒りを抑えられなくなったらしい。

「毎日毎日あそんでばっかりで、そんなことで高校生活やっていけると思って……っ」
怒りのマグマはすぐには収まらない。僕は投げつけられたちくわを食べながらやり過ごすことにした。
開封済みのちくわは4本あった。
生のままでちくわを食べることに若干の抵抗はあったが、致し方ない。これ以上何か言ったら二次噴火を引きおこしてしまう。はむはむしながら、頭を低くして、一時噴火が収まることを待った。
「聞いているのっ?」
時々頷きながらやり過ごす。長い説教に暇を持て余した僕は、ふとなんとなく、そうほんとになんとなーく…ちくわの穴を覗いた。

そこには。
僕がよくいくカラオケ店の前で、誰かが不良に絡まれていた。よくよく見ると、それは僕と友人の直樹で、僕たちは金髪と坊主のみるからにガラの悪そうな奴らにすごまれてガタガタ震えている。

なんだ、これは。

ちくわの穴から目を離す。そこには相変わらず怒り狂う母さんがいるだけだ。
その時、リビングの隅で充電中だったケータイがメッセージの着信で震えた。

僕はこれ幸いと、ケータイと食べかけのちくわを手に自分の部屋に戻った。母さんが呼び止めたが、噴火の大半は収まっていそうだった。
『明日カラオケいこうぜ。十三時に』
メッセージの主は、直樹だった。いつもなら即スタンプで返事するところだけど、僕はもう一度ちくわの穴を覗いた。

穴の中で僕は、財布をもぎ取られ、ビンタをされ、さらにジャンプをさせられていた。
これが何の映像なのか。その時はまるで予想が付かなかったけど、なんとなく嫌な予感がして、僕は「ごめん」のスタンプを選んで返信した。

ちくわは、あと二本残っていた。僕はもう一本の方を覗いてみたが、そちらはただ、見慣れた部屋の壁紙しか映っていなかった。

つづく

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