災難は突然

いつもの時間、いつものコンビニ。朝8時過ぎに、私はコンビニでコーヒーとその日のお昼用にサンドイッチを買う。
学食は混むし、少食なわたしには量が多くて食べきれない。学生が食べ盛りなのは、高校生までじゃないかしら。20歳過ぎて、拳サイズの唐揚げ数個に、どんぶりご飯。それがデフォルトなんて、勘弁してほしい。

いつものように玉子サンドを取りレジに並ぶと、私の背後から「うきゃー」と声がした。
甲高い声に振り向くと、ベビーカーに乗った赤ちゃんがいた。
機嫌が悪いのか、窮屈そうなベビーカーで身をよじってる。

こんな時間に、珍しい。
大学の最寄り駅近くのこのコンビニは、朝の時間はたいてい会社員か、学生だ。
私はすぐに前を向いた。「赤ちゃんがいて珍しい」そう思ったのも一瞬のことだった。
レジを済ませて、振り返る。
と、ベビーカーの先にビニール袋があたった。
「すみません」
ベビーカーを押す母親っぽい人に会釈して、コンビニを出た。
コーヒーのペットボトルをひねり、一口飲んだ時だった。

「ちょっと!あなた!」
明らかに怒っている女性の声。
振り返ると、ベビーカーが目に入った。ベビーカーを押す女性は、私を恨めしげに睨みつけている。
「え、わたし?」
「あなたよ!あなた、わたしのこと邪魔だって思ったんでしょう!」
「…は?」
「は?じゃないわよ、このクソ女ー!」
女性の目は釣り上がり、ヒステリックに叫ぶ。同時にベビーカーから子どもの泣き声があがる。

わたしは意味がわからず辺りを見回した。コンビニからはひっきりなしに人が出てくるけど、みんなちらっとこっちを見て足早に通り過ぎる。
「あんたねぇ、さっきわたし達のこと嫌そうな目でみたわよね。子どもの声をうるさいって目で見て、買い物袋を当ててきて。なんて嫌味な人なの!あなた大学生よねぇ?どこの大学!学校に言いつけてやる!」
「え、いや、そんなことは」
「はぁ!いいわけ??」
やばい、やばい、変な人に絡まれた。
この人どうしてこんなに怒ってるの?わたしが赤ちゃん見たから?ベビーカーには当たったから?でもあれは、私の真後ろにベビーカーがあったからで、つい当たるくらい至近距離にいたこの人が悪いんじゃないの??
紺色のノースリーブのワンピース、1つにまとめた髪の毛。数秒前まで、気にも止めなかった普通の人だったのに。
「ねぇ、聞いてんの?」
「ご、ごめんなさい」
恐怖から謝るしかできない。お願い、勘弁して、これで許して。
「何がごめんなさいよ!ごめんなさいの理由を言ってみなさいよ!」
もう、勘弁して。どうすれば、収まる?
思考が止まる。汗が吹き出る。なんで、どうして、どうしてこうなった。
泣きわめくベビーカーの子どもを見て、こっちが泣きたくなる。
と、その時、女性の背後から誰かが声をかけた。
「あら、〇〇くんママ」
ころりと声色が変わった瞬間、わたしはその場から走って逃げた。
そのまま大学に向かって、走る。走って、走って、人の波に紛れて校門をくぐってから、近くのベンチに座り込んだ。

「こ、怖かった」
なんだったんだ、いまのは。災難。
これは、とんだ災難。
ふー、と息を吐く。
今日もいつもの朝だと思っていたのに。

鬼の形相から、平常モードへの変化。あの変わりようは、怖い。狂気の世界ってあんなふうなコンマ数秒の世界で入れ代わるもんなんだ。

私はコーヒーを開けて一口飲み、空を仰いだ。

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神田彩子

第13回小説現代長編新人では予選突破。cobalt新人短編賞ではもう一歩(最終手前)まで。 自分のパソコンであっためてた作品も蔵出ししていきます。おもしろいって思ってもらえたら最高。 ご意見、ご感想いただけると嬉しいです。
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