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PNMJ りょうた


俺の名前は時任両多。

生まれた時、父と母は良多と名付けていた。

良いことに沢山恵まれますように。

至極、真っ当な親の望みだ。

出生届を出しに行く時に、じいちゃんが

俺がいってやるよ!任せとけ!と言って、

出かけた。

役所で名前を記入する段になり、

じいちゃんは、はたと立ち止まった。

随分都合がいい名前だな。と。

帰ってきたじいちゃんは言った。

あのよ、名前、両多にしたわ。

良いことだけ沢山とか、人生に失礼だろ。

両方沢山味わって豊かになれよ。っことでさ。 

と、ドヤ顔で言ったらしい。 

はい、もちろん。

しばし沈黙。その後、

母ちゃんは泣いた。父さんは怒った。

にこちゃんは、殴った。

役所の受付での思いつきで人の人生決めるとは

どういうつもりだ!と、

それはそれはドスの効いた声で、右ストレートはヒットした。


そしてそれでも、俺はさ、絶対いいと思うぞ
両多。とよろめきながらも、じいちゃんは譲らず謝らなかったらしい。

にこちゃんは母ちゃんの耳元で内緒の話を

したらしい。

母ちゃんは泣き止んで頷いた。

母ちゃんは父ちゃんに囁いた。

父ちゃんも小さく小刻みに頷きながら、

それ以降、じいちゃんを咎めたり、

そのことで憎まれ口を叩くことはなかった。

らしい。俺はもちろん知らない話だ。

名前がひらがなのうちはよかったが

漢字で書くようになり、

両方たくさん? へーと

欲張りな名前だと囁かれたり

足が遅いことを名前が重たいからだとからかわれたこともあった。


両手にたくさん。

中学生の頃

大人数で遊ぶ数合わせには呼ばれても

片手に一握りの中に選ばれなかった。

自分が片手に一握りも大切だと思える友は

いなかった。 しかたないよなそう思った。

両耳にたくさん。

高校に上がると

なぜだか、いろいろな人が俺に話かけてきた。

優しそうとか、穏やかそうとか、

ただあまり自分のことを話さない俺が

ちょうどよかったのかもしれない。

あんなに仲良くしてるよね?!と

思うような2人が互いを嫌いあっていたり、

明るい優等生が、万引きをやめられなかったり、

不良だとクラスで距離を置かれているあのこが、

家族からも距離を置かれていることなんかが、

耳から入ってきては心を掻き乱した。


満タンです。ある日警報がなった気がした。

俺以外で満タンになり、溢れた感情は

行き場がなく、身体を揺蕩い侵食した。

目から見える景色が新聞紙のグレーに

包まれた日は、そうしてはじまった。


学校を辞めたのはしばらくしてからだった。


沢山はもう沢山。

1人、部屋に篭り、自分とだけ付き合う日日。


自分とだけ向き合うと、空っぽだったと気付いた。


生きているのが申し訳ないとふさぎこんだ。


その時、父さんが

じいちゃんのところに行ってこい。と言ったことで

俺は今があるが、それにはあの名前騒動があった。


あの日、にこちゃんは、しくしく泣く母ちゃんに

言った。


ゆずちゃん(母ちゃんは柚葉という名前だ)、

りょうたの人生は今、川の始まりみたいなもの

だと想うの。素直(父ちゃんはすなおという

どストレートの名前)とゆずちゃんは、岸辺から

必死に大海に向かうりょうたを観ている。

川が澱まぬよう、氾濫しないよう、流れてほしい

そう願っているでしょう。私と甚平は向こう岸。


あちら側からも全力でりょうたの小さな川が海に


繋がるその日まで、応援している。


りょうたの川の両岸にその流れの行く末を


見守る人が沢山いると想像してみて。


両多。たくさんの経験を経て、沢山のエールを

受けて、豊かに流れ行く人生の川。

どうかな?いい名前に感じない?

もしも、りょうたの流れが堰き止められる

アクシデントがあれば、甚平の人生かけて

取り除かせるわよ。

ゆずちゃん、信じてくれないかな?

母ちゃんは目を瞑りイメージした。

流れる川の対岸にじいちゃんとばあちゃんが

いたら、子育ては怖くないと思えたそうだ。

父ちゃんの耳元で囁いた。

両多。いい名前だわ。さすがお父さんね。

あのね、にこさんが言うの。

両多のピンチは必ず甚さんが救うって。

名付け親のヒーローがいることをお守りに

私、両多のお母さんになれそうだよ。


ああ、また、母さんは魔法を使ったな。

父ちゃんはそう思ったと言う。


思いつきでお調子者の父を、まるでヒーローの

ように、まるで漢気のある善人に仕立て上げるの

が、誠に上手い人だ。


何も言うまい。

ここぞで使うべきだ。


父さんが、両方たくさんなんて、気の利いた名前をつけたから、りょうたが溺れて大変ですよ。
さあ、父さんの腕の見せ所ですよ。と。


言う日がきたら、ほらきただし、


言わなければ、本望だ。


確かにお守りだな。子育ての遥かな旅に


有益だ。父さんはそう思ったのだと言う。


結果、お守りは発動し、


じいちゃんとばあちゃんは俺の再生に


自分達の想いと生活をかけて向き合ってくれた。


海まできたのかな。


俺は俺の川の流れを想う。


こんな話を、ビールを飲みながら、


父ちゃんと母ちゃんから笑いながら聞ける日が


来たんだ。


もう、ここは、海だよな。


#りょうた
#両多
#PNMJ  









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