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ハンフィクション


みやこさんは歌うように喋る。


来てくれて嬉しいわ。あなたたちもおはいんなさい。


私の後ろにも誰かいるらしい。


みやこさん、誰がいるの?と尋ねる。


いち、に、さん、し、えっ、あなたは帰るの、
また来てね。


私の座る席の、襖の奥に4人いて、1人は帰ったみたい。


みやこさん、私とお父さんには見えないけど、子供?と聞くと


そうよ、子供たちよ、みんなほら遠慮しないでおはいんなさいな。大きい子は帰ったわ。また来るって。


向かいに座るお父さんは、身体を座布団に半分預けている。


腰椎を痛めて、もう2年。ずっと痛い。


顔を顰めて、ため息と言葉がないまぜになる。


ずっとこの調子で、なんかが見えて、俺とは一切会話にならん。


そうかあ。よく見えてるね、忙しそうだね。


あら!何!なんかいい話?私がいい子ってこと?


跳ねるように歌うようにみやこさんは喋る。


いい子のうちの上等のいい子だって言ってんだ。


お父さんは、語気を強めてやけくそみたいに笑ってそう言う。


私も加勢。


みやこさんはいい子だねって、そうだよ、そうそう、その話。


みやこさんは、胸の前で手を合わせて、嬉しい!という。


いつからパジャマのままだろう。洗濯しても落ちない首から腹にかけてのボタン周りの茶色いシミ。


食べこぼすようになり、着替えなくなり、そして、私達には見えない誰かとばかり向き合っている。


同居の息子さんは一切面倒を見ない。


長い肩書きのある仕事をしている。


息子さんもまた世間とばかり向き合っていて
みやこさんともお父さんとも私とも向き合わない。


ホコリのまう廊下。


便のついたスリッパ。


湿った畳。


ベタつくちゃぶ台。


書類が無造作に置かれたサイドボードに食べかけのパン。


これがここの日常で、


人が限界とか、破錠しているとか決めつけたとて


何も変わらない。

ただ、閉じるだけだ。


見なくて結構、お帰りくださいである。


みやこさんは、歌いわらう。


お父さんはため息をつき、怒る。


私は宥めて誤魔化して、そして願う。


2人がそれでもこの暮らしを継続できることを。


お父さんが自分で次の暮らしを選ぶまで。


お父さんが、施設に頼もうかな。と言う。


いいと思うよ。書類持ってくるね。と答える。


お父さんは、ショートが長いと嫌がるから1泊でいいよ。と言う。


腰を休めた方がいいから、2泊にしようと提案する。


泊まっていれば安心だけど


預けていれば自由だけど


みやこさんが嫌がったり、顔を顰めたりしたら
心が苦しくて


俺が頑張ればいいかと思ってしまう。んだろうな。


みやこさんは、歌う。


悩むお父さんに、


しっかりしなさい、お父さん!と歌う。


お父さんは、しっかりしてるよ、みやこさん。
と、私が嗜める。


ペロッと舌を出して、そうかしらと笑う。


お父さんがこすり洗いをして、小さなだまだまを拵えた、シミのあるパジャマを着てにこにこする。


お父さんはね、頑張ってるよ、みやこさん。ともう一度言う。


みやこさんは、私の後ろの子供達に話かける。

私の姿は見えないらしい。

ショート2泊にするか。とお父さんがつぶやく。


わかった。手配するね。と答える。


施設に入れたい。楽になりたい。


うちにおきたい。もう少しできる。


わかってるよ、お父さん。


みやこさんは、大事な妻だもんね。


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お気持ちありがたく頂戴するタイプです。簡単に嬉しくなって調子に乗って頑張るタイプです。お金は大切にするタイプです。