見出し画像

もう会えないのか


仕事の話をします。


私は在宅のケアマネージャーをしていますが


事業所が医学生の地域医療研修に協力しており


時々、医学部の学生さんを連れて訪問に伺うことがあります。


お医者さんになった時に、連携する職種の仕事内容を知るということが目的です。


その日、いつも指導役となる上司が不在で


私が学生さんと訪問することになりました。


お客さんの反応もいろいろです。


知らない人が来るのは困るという人もいます。


私が、〇〇大学の医学生さんが地域医療研修でこられるのですが、同行してもらってもいいですか?


と事前にお願いしたら、きっと引き受けてくださるだろうな。というお客さんとご家族が目に浮かびました。


実際、お電話に出た同居の娘さんは、私の想像通りの感じの良さで「どうぞいいですよ。」と快諾くださり、その日を迎えました。


医学部5年生の彼は、ダルビッシュ有選手に似たイケメンでした。


午前中の併設するデイサービスでの研修風景を見かけると


所在なげでぼんやりとしているように見えました。


医学生といえども、長男や次男と年端も変わらず、私はどうしてもお母さんのような気持ちで見てしまいます。


大丈夫かな。心を開いてお話しできるかな。ちょっと気がかりを抱いたまま、午後の訪問を迎えました。


私の先輩にあたる女性ケアマネージャーから仕事の説明を聞いて貰い、引き継ぎを受けて訪問車に同乗してもらいました。


お互い自己紹介をして、車内での雑談で同じ関東圏の出身でした。一人暮らしをしながら大学生活を送っている話を聞くと、やはりお母さんの気持ちになりました。


私がこのお客さんなら。と思ったその方は


94歳の兆さん(仮名)という男性です。


要支援1で基本的に日常生活は自立されているしっかりとした兆さん。難聴で人とのつながりを避けているところがありましたが、根っこは人好き。


足が不自由で困ると、介護保険を申請しましたが、最近まで車の運転もしていました。事故をおこさないうちに免許返納を!というみんなの願いがつい最近叶いました。


毎日日記を書き、時に俳句を詠み、雪が降るまで畑の世話もしていました。


健康オタク(娘さんがそう呼んでいる)で少しの不調も見逃さずに専門医を受診します。


そんな自己管理に優れた、自分の人生を真摯に生きてきた兆さんを、若い人に知ってほしいなと思いました。


私たちがお邪魔すると、兆さんはいつもより背筋を伸ばし、仕立てのいい袖なしを着ていました。袖なしとは半纏のような綿入りの袖のないものです。


いらっしゃい、よくきなさいました。


声の張りもいいじゃないか!


見るからに張り切っていました。


ダルビッシュ君を紹介して、モニタリング訪問の私と兆さんのやりとりを見てもらいました。


ケアプランが遂行されているかどうかを確認する訪問ですが、質問は身体のこと、最近の出来事、受診の様子、サービスの感想など世間話のように聞こえると思います。


お宅にお邪魔して、ただおしゃべりをしているだけに見えるかもしれません。


それでも、ただのおしゃべりからどれだけ必要な情報を収集し評価に繋げるのかを気づいてもらえたらいいなあと思いました。


私がダルビッシュ君に話をふりました。


ダルビッシュ君は午前中よりイキイキ見えました。


兆さんは出身地を聞いたり、大学での学友の数は?などと質問しました。


名刺をいただきたい。ともいいました。


学生で名刺はありません。というダルビッシュ君の首から下げる名札をみて、じゃあ、メモさせて。といい、達筆で私が渡した来月のカレンダーの余白に書きました。


いやあ、えらい。医者を志すとはたいしたものです。


兆さんはしきりに感心していました。


私が、親御さんも素晴らしいですよね。というと


いやいや、やはり本人。と却下。


親御サポーターの私は蔑ろにされました。


生身の人間に、医者とは必要不可欠。どうか立派なお医者様になられてください。


兆さんは、ダルビッシュ君に敬意を表し、激励の言葉を繰り返しました。

娘さんも大病をして、ダルビッシュ君の学ぶ大学の病院で手術をした経験があり、やはり手厚くもてなしたいと張り切り、コーヒーと小さなあんぱんをおやつに出してくれました。


お気遣いなく…の私の声より先に


ダルビッシュ君は元気よく


ありがとうございます。いただきます。と言いました。


そして、美味しそうにコーヒーをのみ、あんぱんを食べました。


その様子をお二人は本当に嬉しそうに見つめていました。


娘さんは、孫って感じね!と、ウキウキした声で私にいいました。

娘さんご夫婦にはお子さんはいらっしゃらず、若い人とこうして触れ合う機会は珍しいようでした。


遠いもの同士。イノベーションです。


帰り際、兆さんはいいました。


ダルビッシュさんは、あと何年で先生になりますか?


あと3年ですね。ダルビッシュ君は答えます。


ダルビッシュ君は医学部5年生。研修医期間も含めて、あと3年。


私はダルビッシュさんが、先生になるのを見られないのか。寂しいなあ。


兆さんは、心底寂しそうでした。


もう会えないのか。


兆さんのその言葉に私は驚きました。


たった30分。


たまたまやってきた医学生。


もう会えないのが当たり前です。


先生になったらまたぜひ立ち寄ってください。


そうそう、近くに来たら、ぜひ遊びに来てください。


兆さんも娘さんも本気でした。


本当に心からそう思っていると感じました。


私はなんだかわからないけれど、ものすごく込み上げてしまいました。


玄関まで見送りに来た兆さんは、最後にこう言いました。


どうか元気で立派なお医者さんになってください。と。


帰りの車内。


兆さんは、ダルビッシュさんより若い時に東京大空襲を経験されたんですよ。


東京の空が真っ赤に染まり、真っ黒になって
一晩で昨日までの世界が変わったんだ。って。


その後、帰ってきて鳶職をしてね、沢山お家を建てた人なんです。


兆さんは、そういう人ですよ。と私が話すと


ダルビッシュ君は言いました。


俺、すごく応援されましたよね。


うん、そうだね。すごく応援されてた。


俺、立派な医者になれって言われましたね。


うん、そうだね、期待されまくりだね。


ダルビッシュ君は少し笑って、


頑張らないとです。と言いました。


もう会えないのか。


私もあんな風に言われてみたいよ。


もう会えなくても。


あなたがすぐに忘れてしまっても。


どうか立派なお医者さんになれますように。


#note
#小さな継承
#一期一会







お気持ちありがたく頂戴するタイプです。簡単に嬉しくなって調子に乗って頑張るタイプです。お金は大切にするタイプです。