顔のある100円
先日、宿泊滞在施設でのこと。
久しぶりに大浴場に行きました。
何年振りかのそれにテンションが上がりました。
大浴場、好きです。
ポコポコ出る風呂も、ぬるめの風呂も
流す気?という強目のジェットも
露天もサウナも。
1人架空のお湯スタンプラリーを集めるが如く
ゆるゆると移動しては浸かる。
私がその日、ゆるい泡の風呂に入っていると
推定3歳ぐらいのお子さんを連れたお母さんが
お子さんを説得していました。
もうちょっと入らない?お母さん、今入ったばっかりだし。
もちろん答えは想像できますよね。
可愛い顔で、いやーだ。とあっさり、脱衣場に向かおうとお尻を向けていました。
あー。身に覚えしかありません。
せっかくの旅。せっかくのお風呂。
子供が小さい頃は、脱がせて洗って、子供を脇にステイさせて速攻で自分を洗って、
風呂に入ったと思ったら、すぐに
もう出よう。と言われたもんです。
ほらほら、このお風呂泡ボコでるよ。と誘えば怖いと言われ、露天に行けば寒いと言われる。
すぐに飽きて、泳いだりすれば人様の迷惑になっちゃうし。
おしっこーと言われたら、リングを降りる最終宣告。
そこでしちゃいなさい!とは言えないし。
でまた、裸のまんま、あったまってないまんま、子供の服を着せて、喉乾いたーと言われて脱衣場の販売機でジュースを買って持たせてる間に、ストローからむちゅっと溢れるオレンジジュースを、あああと小さく声を出して拭きとり、その床を拭いたタオルで自分を拭くことなど、もはや気にならない域にはいる。
人の迷惑にならぬよう、ただひたすらにスピードを優先し、子供に声を張り上げぬよう自制心を働かせる。
やばい、気持ちが盛り上がりすぎちゃいました。
てなことを思い出しました。
そんなことをぼんやりと考えていたら、
あたまにぽこんとあひるがあたりました。
おやまあ。と思うと、さっきのお子さんが
手にしていたあひるをママに投げようとして
私のところに飛んできてしまったようです。
橋本環奈ちゃんの始球式みたいな感じです。
はい、どうぞ。
あひるを手渡そうとすると、その子はしまった!と思ったのか、後退りしてしまい、
ああ、すみません!!と慌てて
ペコペコと頭を下げるお母さんにお渡ししました。
全然大丈夫ですよー。となるべく優しく気軽に聞こえるように声を出しました。
私はその後、サウナと露天を満喫して風呂を上がると、さっきのお子さんとお母さんが、今まさに出ていくところでした。
きっとたった今は、この忙しなさを永遠だと感じると思います。
子育てのど真ん中にはこの時を有限だなんて思わない。
無限に続くと思っていました。ため息混じりに。
私はそうでした。私はあのお母さんと同じ頃、オンリーで風呂を楽しむ人に羨望と嫉妬しかなく、湯上がりにビールを飲む人には殺意もありました。
あの頃、いい具合に荒んでいました。
自分の時間がないことは、人を容易に侵食し疲弊させる。私の持論です。
大丈夫、今は永遠ではないよ。と心でつぶやきます。
声に出したら最後嫌味にしか聞こえない。自覚はあります。
通り過ぎた人の言葉なんて、胸には届かない。
だから、心の中だけで、グッドラック!を送ります。
すると、ふとロッカーの鍵の下の返却口に100円が見えました。
ロッカーは100円の返却式でした。
それは、あの親子が使っていたロッカーで、きっと慌てて片付けて子供を追う形になったお母さんが、とり忘れたのだ。とすぐに思いが及びました。
しかし、私は…
その100円は、そのままにしておくのが正解かもしれません。
受付に届けても、私は取り忘れたあの人の名前もわかりません。
私は、瞬時に自分が預かろうと思いました。
きっと会えるんじゃないかな。そう思いました。
あら、やだ。ていのいいこと言って、おだんごさんコソ泥。と思ってもらって構いません。
いい人になりたいのでもありません。
ただなんとなく、それはあのお母さんにどうしても届けたい。と思ってしまいました。
気持ち悪いと思われるかもしれない。とも思いました。
たかが100円を、自分を探して返してくる見知らぬおばさんは、恐怖を与えるかもしれないとも。
しかし。
そんなん言ってたら、100円損するやん!
毎日頑張って頑張って頑張って、
たまの旅行でも休めなくて、ゆっくりお風呂にも入れなくて、
100円損することないよね!って思ったら最後止められない。
旦那に話すと、
会えたらいいね。会えなかったら、あひるぽこんのごめんなさい料として頂戴したらどうかね。
と言われました。
翌日、たまたまふらりと館内を歩いていたら
まさに、あの親子が前を歩いていました。
なるべく怪しくないように、
「あのーすみません」と声をかけました。
私、昨日お風呂で一緒になったもので、お子さんと出て行かれた後に、ロッカーの100円をお忘れになったようで、慌てて声かけようと思ったんですが、私も裸ん坊でして。
お会いできたら、お渡ししようと思って。と100円を差し出しました。
お母さんは、最初戸惑ってびっくりされていましたが、思い当たる節があったようで、途中から顔が柔らかくなりました。
わざわざありがとうございます。と受け取ってくださいました。
私も子供が小さい頃、お風呂屋さんに行くと忙しなくて。なんだかどうしてもお届けしたくて。
というと、お母さんはうんうんと頷き、
本当にありがとうございました。と嬉しそうにしてくれました。
そそくさとその場を離れて、やっぱり今の世だと、私みたいな人、気持ち悪いかな。とも思いました。
でも、まあ気持ち悪くても損させなくてよかったな。と自己満足。
その100円には顔がありました。
はっきり誰の100円かわかる、顔がありました。
顔がわかるなら、蔑ろにできない。そういう性分です。
お気持ちありがたく頂戴するタイプです。簡単に嬉しくなって調子に乗って頑張るタイプです。お金は大切にするタイプです。