日本の休むことへの嫌悪感と「ズル休み」について思うこと

こんにちは、あやにーです。
今日Yahooのニュースでこちらの記事を読みました。

インフル大流行は「風邪でも絶対に休まないおじさん」のせい?

インフルエンザにかかっても仕事に行くこと、休まないことを美学とした人によりインフルエンザが流行しているという記事です。
私はこれに対してそのおじさんがいけないというよりも、それを当然とした社会の問題ではないかと思ったのですが。

今日はこの「日本人の休みに対する意識」について、書きたいと思います。


「休む=怠け」という呪縛

私たちは幼稚園、小学校のころから「休むことはいけないことだ」という教育を受けています。(ほかの東南アジア圏でも似た話を聞いたことはあるので、日本に限ったことではないかもしれませんが)

休むということは悪いこと。
休んでいるというのは、怠け者。そんな考え方や価値観を小さい頃から与えられる環境で育っていて。
「ひとりが欠けるとみんなの迷惑になる」そんな謎の呪縛さえあるように感じます。

そうした「休むことはいけないこと」であるという環境の中で育っている私たちは大人になっても休むことが苦手のなのは仕方がありません。
そして休む人に対しても「いけないこと」をしていると判断しがちです。

私は今回のインフルエンザの件だけでなく、育児休暇や産後休暇に関しても同様だと感じています。
「休むことはいけないこと」という価値観から「申し訳ない」「休暇を取りづらい」という『休む=怠け』につながっていく。

無理してでも、がんばらなくちゃ。怠けちゃいけない。迷惑をかけちゃいけない。

そうやってがんばっている人が日本にはたくさんいるんじゃないかと思います。大人でも、子どもでも。

私の小さな頃の話

急に私の話になりますが、私の両親は父も母も働いていて遠方への出張や海外出張の際は同行させてくれていて
私の祖母も自分でビジネスをしていたので、なかなか預けられないという環境であったことと、そのときにできる経験を。という考えの両親だったので
学校の先生の考慮もあり、宿題をもらい、それを持って出張に行くこともありました。

小学校1年生のとき、台湾へ家族で出張したのですが
帰国後クラスメイトに言われたのは「ズル休みして台湾に行ったんでしょう!ずるい!」という、子ども心にとても傷つく一言でした。
その後も東京に行くと「ディズニーランド行ったんでしょ!ズル休み!」と言われたり、想像以上に学校を休むことが辛かったのを思い出します。

私にとっては「ズル休み」ではなかったのですが
子どもにとって風邪や病気以外で学校を休むこと=ズル休みという卑怯なことをしている、という印象が強かったんだと思います。

それは休むということが特別なことである、という意味でもあると思う反面「何がズルいんだろう?」という気持ちが抜けませんでした。

またその当時1週間ほど不幸があったクラスメイトが休んだ際に、担任の先生や仲のいい友人は知っていたものの
家族の意向でそれを伝えていなかったばかりに、登校時に「ズル休みしていたやつが登校してきた!」と、いじめの対象になったことも覚えています。
その時はすぐ学級会が開かれましたが、ここでも「休む」ことに対して許すことができないズル休みという価値観の強さを感じました。

「ズル休み」なんて本当はない。
大人も子どもも、その事実を知ってほしい。


さて、本当に「休む」ということはいけないことなのでしょうか。
体調不良でなければ、何か不幸がなければ、土日祝でなければ休んではいけないのでしょうか。

私はこれに対してNOだと思っています。
本当に休みたいと思ったときに、休むことは何も悪いことではありません。
何より「本当に休みたいときに休む」ことができる人は、人が休むことも認めることができます。

休むことが許せない人の特徴に「自分も休めないから」というのがあります。
自分は我慢しているから、自分も休みたいのに。
そんな気持ちから他人が休むことも許せない。

こんな不のループを、私たちは子どもの頃から背負っているんです。
休めないから、ほかの人が休むと批判する。そしてズルイという価値観をぶつけてしまう。私はこのループを本当に止めたい。

私は休むことよりも本当は辛い、休みたい。でも行かなくちゃ。が一番いけないことなのではないか、と思うんです。
自分の内側の声に蓋をして、無理して一生懸命頑張って、最後に壊れてしまったら全く何の意味もない。

休まないことが偉いわけではありません。
人にはそれぞれ我慢できる量が違うんです。その量をずっと抑えて抑えて、壊れてしまったら本当に人生が壊れてしまうことだってある。
それは他人にはわからず、自分だけが気がつける限界です。

私は経営者なので、休みたいときは休んで整えてほしい。
休むことによりパフォーマンスがあがるという人も多いので、無理して仕事を続けて辞めるという結果になるよりも
自分の気持ちや心と仕事のバランスを自らコントロールできる社員であってほしいと思っています。

色んなところで、色んな気持ちがあって良い。
何もズルくなんてありません。
休みたい、という気持ちに理由なんて必要ないんです。
まずは休みたい、って気持ちを大切にしてもいいと思うんです。

これを読んでくださった皆さんは、だれかが休んでいても「何で休んだの?」という休んだ言い訳や理由を聞くんじゃなくて
「少しは休めた?」「充実した休暇は取れた?」と聞いてあげてほしい。

子どもたちが「ズル休みしたんだよ!」と言ったら、「ズルくないんだよ。休みたいときは休んでいいの。またそこから頑張れるんだよ。
あなたも休みたくなったら教えてね」と声をかけてあげてほしい。

どうかもっと日本が「休んでも良い」やさしい社会になっていくことを
私も含めアクションしていきたいなと思っています。

休みたかったら、休んでいいよ。

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あやにー

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コメント4件

生理痛でお休みすることすらズルだと揶揄されるのが本当に悲しいし、男性が言うのももちろんだけれど、女性がそれを言っている場面に出くわすと、息が詰まります。「それすら、ずるいって思うのね。」と。。
日本人のバカな特性というか、『仕事や勉強は強制されてするもの』という不文律がDNAに刻まれているのではないか?と思ったことがあります。
でなければ登校日/営業日に休むことを『ズルい』という発想にはならないと考えます。
本来、学業も職務も『自分が好きでする事』なのです。個人都合なのだからどの日に休んでどの日に仕事や勉強をしようが自由です。
 仕事や勉強をイヤイヤしてる人がそれだけ多いということです。
 イヤイヤやってるから効率も上がらず、給料を手っ取り早く増やそうと残業手当目当てでダラダラ働くことしか発想が浮かばず、変わらず楽しくない仕事の拘束時間が増えるだけ…。バカの極みです。嫌な仕事についた自分が悪いのです。
 「お、アイツちゃんと仕事をこなして、日程調整して長期休暇でバカンスか?俺も見習わないとな~」
 そう考える人が増えれば、自分以外の人がいつどのくらい休もうが気にもならない世の中になるのだと考えます。
 幸いなことに、外資系の企業に勤めている私は、そういう理不尽には遭遇した経験がなく、ブログ主さんのような気苦労とは無縁で居られてます。
うちの子が幼稚園生だった時に、1年間休まなかったという事で「皆勤賞」の表彰状いただきました。その時は親としても嬉しかったのですが、思えばこういう行為が、休んではいけないという価値観を子供たちに植え付けてしまっているのかもしれませんね。
ありがとうござます。色々考える機会をいただきました。
本当に共感します。日本全体が「休みズルイ、俺頑張ってるのに」病にかかっていますよね。本当ある意味で遅れた場所だと思います
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