「イス倒していいですか」文化を本当に撲滅したい

みなさんこんにちは、あやにーです。
今タイに向かう飛行機の中で書いています。

タイまでは約6時間の旅で、朝早いフライトだったのでランチが終わると消灯しほとんどの人が寝ている状態です。

私も1時間ほど飛行してから寝ていたのですが、リクライニングを使っていなかったことに気が付き椅子を倒しました。

すると後ろの女性から「映画見てるから倒さないで!」と怒られてしまい、今とてもしょんぼりしながらnoteを書いています。

(知らない人に怒られると心が折れるのは一体なんなんだろうか)

「聞きもしないで倒してきて!」とお怒りの様子。

よくよく考えると今まで色んな国に行き、色んな航空会社を利用していますが
リクライニングして「倒さないで」と言われたことがありません。
また「倒していいですか?」と聞かれたこともありません。

今回は日本人が持つ「ご配慮」の範囲について書いていきます。

私たちは他人をどこまで配慮すべきなのか

私は毎月新幹線に5,6回乗る生活をしています。
よく新幹線では「シートを倒す時は後ろのお客様にご配慮の上」と流れます。

椅子に全席リクライニング機能が付いていますが「倒していいですか?」と聞かなければならないという圧を、これを聞くたびに私は感じていて。

この話をすると、海外からの友人は「相手思いだね?」というポジティブな反応も多いし
「なんか面倒だね。全員に与えられた当たり前の権利なのに」「Too muchじゃないの?」と言った感想をよく聞きます。

海外では倒していいですか?なんて聞く人はいません。日本ならではの独自な文化です。

今まで行った色んな国で乗り物の種類関わらず、こうした「倒す前に一言声をかけてください」というアナウンスは聞いたことがありませんし
もちろん聞かれたこともありません。
みんな「倒して当たり前」だし「自分に何の損害もない」です。

後ろの人にご配慮って、「倒していいですか?」と元々持っている機能について、なぜ客同士の許可が必要なのか。

確かに急に倒された時に何かしら危ないとか、怪我の可能性がゼロではないかもしれません。
新幹線でお弁当や熱いコーヒーを飲んでいる人もいらっしゃいます。

ただそれは駅で売っているものだし、自分の前のシートは倒れてくるかもしれないと
どこかで思っていればいいだけの話なのでは?と思うのです。

さらに言うなれば、聞かなければ「なんて失礼な人なんだろう」と思われることも少なくないでしょう。
そういった嫌な気分を生み出すのは「聞いて当然である」という謎のマナーからです。

私自身は全ての席にリクライニングという機能が付いていて、それに対して他人の許可は本来は必要がないと思っています。

聞いたことにより「親切にありがとう」と思う人はほぼいないし、「どうぞ」って何も考えずほとんどの人が言うわけで
「おはよう」と言われたから「おはよう」と返しただけで、されなかったら別になんとも思わない。思考が停止した行動です。

要はみんながやっているから、形だけでも聞いておこう、というだけで。
倒すことが本当に迷惑になるかも...なんて誰も本気で考えていないと私は思っています。

もし「前の人が椅子を倒していいですか?ただし、あなたの椅子も同様の設定なります」という質問で前の人の椅子が倒れるかどうか決められるのであれば、交渉が必要な場面もあるかもしれませんが。

この日本独特の「倒していいですか?」文化、必要ありますか?
付いてる機能について、他人の許可を取る行動。

他にもこうした相手のことを考えすぎたご考慮は至るところにあります。
素晴らしく慎ましい文化であるという考え方と共に、それをされなければ大切に扱われていない!とか、

このご考慮という同調圧力は常識を作り、結局のところ
何でも確認し相手を重視した、ご考慮しすぎな世の中が出来上がっていくのでは?と感じています。

小さなことだけど、権利

たまにこうした座席に関するトラブルを見かけたりSNSの投稿によって、知ることがあります。

最初の私の話に戻りますが「椅子を倒さないでくれ」というお願いに対して
私はそれを受け入れてしまいました。
「相手が怒っているなら」と考慮して権利を主張しなかったんですね。

その判断ミスで6時間直立不動の姿勢で過ごす刑を受けたようなものです。

ご考慮の先にあるのは、こうした自身の持つ権利をご考慮の上で他人に譲ってしまうということだと思います。

自分の権利を主張することなく、ご考慮した側がいい気分になることはありません。絶対に。
相手を思って考慮って、自分にとって小さな我慢だから。

本当に些細なことなんですが、誰しもが持っている権利を考慮する必要もないし
本当は誰に許されるなんて存在はしない。

もっと色んな場面において「平等に得られた権利」をご考慮という我慢で譲ることが減っていくといいな。

別にイス倒してもいいじゃない。
自己判断で勝手に倒してほしい...子どもじゃないんだから...

あぁ...「イス倒していいですか」文化を本当に撲滅したい...


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あやにー

つれづれあやにー

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コメント26件

私は後ろの人についつい気を遣う性分なので、出来ることなら一番後ろの席に座りたいと常に思います。
でも最後列でなく、自分が席を倒す時は、当然のごとく後ろの人に一言ことわりは入れますね。
マナーと言うのか分かりませんが、その方が気持ち良いからです。倒した後の気兼ねなさが違う。逆に自分の前の人が倒す時も何も言わず、だと感じ悪いなと思います。

例えばですが、自分が物をテーブルに置いといてなくなった時、どんな人が持っていってしまったか検討つかない場合と、なんとなくでも「ああ、あいつかな」と察しがつく場合で、心持ちが異なってくるのと似た感覚かもしれません。

確かに他の国にはない日本人ならではの「美徳」かもしれませんが、ことさら否定する理由もないのでは?
ラーメン二郎ニンニクましまし後で口を1㎜でも開きたくない時は別ですが(笑)。
日本人の美徳と言えば京都でしょう?!しかしながら京都人の一見客への優しさは【いけず】と隣り合わせだと言う事を肝に銘じなければ料亭の話で無くバス停留所での京都での並び方の恐ろしい話を【後から来たが誰も並んで無いと考えて我先にバスに乗ろうとした時、京都人は皆自分より先に来ていた人を覚えて居て順番を無視して乗ろうとする人を田舎者と罵る】本当にコノ話を聞いた時、京都でバスに載れ無く成ったものだが?!美徳ってなんだろうな?!
倒していいですか?なんて聞かないけど、こんなに倒しやがってと苦情が出るほど目一杯倒さないようにしてます。
倒したって映画見られますよね?モニター部分を手前に起こせばいいだけですから。
旅客機専用の座席ですから、設計者だってその点ちゃんと考慮していますよ。
その人、飛行機慣れしてなかっただけでは?
こういう話って、倒す方も、倒される方も『無知で機転が利かないだけ』の事で、いいかげんウンザリとします。
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