初デート

【 1982(昭和57)年春 19歳 】



 さあ女の子と2人だけの久し振りのデート。3日後の日曜日。どこへ行こうか? ミモちゃんと約束はしたものの行き先は決まっていない。これが大都市ならただ単に街中をフラフラ歩くだけでもいいのだが、田舎はそういうわけにはいかない。大学生にもなってちょっと大きめのスーパーに遊びに行く中学生のようなことは断じてできない。しかもなんと言っても初デートである。だからと言って一見無難と思われる名勝地を選ぶのも危険である。学生が気軽に食事をとる店がなかなか見つからなかったり、やたらと長距離を歩く羽目になったりということも多々ある。万が一空腹の上に歩き疲れたら…会話も滞り、気まずい雰囲気になってしまう可能性は決して少なくない。場合によっては私のエスコートが最悪であったとサークルの女子達に伝わり、『つまらない男』のレッテルを貼られかねない。それは何が何でも阻止せねばならない。
 そこで超無難な映画という選択も考えたが、なかなかパッとする作品がない。邦画では『転校生』という尾道(広島県)を舞台にした秀作があったのだが、最初のデートにはハリウッドの派手で無駄に華々しい…そう、テンションの上がるようなものが理想的だ。ただ、残念ながらそういう洋画もないタイミングであった。
 でっ、結局選んだのがボウリング。なんだかんだ言っても若い2人。体を動かしているとテンションも上がり、ストライク出したりしたらハイタッチとか自然にスキンシップも狙える。そんな企てを考えてしまうと、もう他の選択肢はあり得なかった。それからの3日間。私はデートのことばかり考えながら過ごした。そして日曜日がやってきた。

 待ち合わせはミモちゃんの地元、一畑電車の松江温泉駅。私は約束の10時より30分も前に到着しミモちゃんを待つ。その間に3度も駅のトイレに行って鏡の前で服装や笑顔のチェックを繰り返した。心なしか既に心臓がドキドキしてる。そして9時58分36秒。ミモちゃんが到着。淡いピンクのワンピースに踵の低いサンダル。ふんわり系でとっても女の子っぽい雰囲気なのだが…少々息が乱れている。遅刻しないよう走ってきたみたいで一目でかなり慌てて来たらしいのがわかる。

 また、服装や髪型もそうだが、なによりいつもと少し違う顔。と言うのもミモちゃんは普段ほとんど化粧をしない。無色のリップクリームくらいだ。でもその日は化粧をしていた。

「変かな…?」

ミモちゃんは恥ずかしそうに聞いてきた。どうやらお姉さんに今日がデートとバレて絶対服従状態で化粧をされたらしい。髪のセットも同じくお姉さんが仕切る。そうこうしているうちに約束の時間ギリギリになってしまったらしい。

「変なことないよ。似合ってる。」

「ホント…?」

「うん。恥ずかしそうにしてたら勿体ないよ。」

「…ありがとう…。」

「行こっ!」

 2人は意気揚々と歩き出した。でもなんとなく2人とも少しギクシャク。やっぱり大学やテニスコートとは違う雰囲気。なんと言っても初めての2人っきり。私も心臓の音がさっきより明らかに大きくなってる。どうしよう…男の私がなんとかしないと…と思っているうちに宍道湖大橋に差し掛かる。そこでふと橋の上から視線を西に向けると宍道湖のほぼ全体が一望できる。少し離れて嫁ヶ島も見える。夕陽の景観が有名な宍道湖だが、晩春の透き通った青い空を映すその姿に私は見入っていた。その時ミモちゃんが、

「すごいっ! こんなにキレイなの滅多にないよっ!」

 はしゃぐミモちゃんのその一言で雰囲気が変わった。ミモちゃんは次々『地元』松江のことを私に話しだした。
 島根県の松江市と鳥取県第二の都市米子は近い。道路では約30km車で1時間程度。電車だと30分程度だ。都市としての規模も似たり寄ったりだ。なので次第に会話の内容は『どっちが都会』だとか『方言やなまりの微妙な違い』になっていった。2人は緊張の呪縛から解き放たれ、晩春の微妙に強い陽射しに照らされながら初デートのイントロを見事クリアした。

 そうこうしている内に目的地のボウリング場に到着。待ち時間もなく2人楽しく過ごす。ハンディキャップの30点がちょうど良い感じでゲームは盛り上がった。私の企てが見事に的中し、ハイタッチを何度も重ねるうちにお互いの距離が近づいていくことに気がついていた。因みに3ゲームプレーして1勝2敗。わざとではなくホントに負けた。
 緊張感のほぐれと適度な運動と大騒ぎのせいですっかり空腹。一旦ボウリング場を出て洋食屋でハンバーグセットケーキ付きを平らげた。その後またまたボウリング場に戻りビリヤード、卓球。そして最後にゲームセンターでメダルゲーム…etc。

 夢のような時間は過ぎて夕方の6時過ぎ。遊び疲れた2人は帰路についた。そこでまた宍道湖大橋へと向かうのだが、少し休憩にと白潟公園(しらかたこうえん)の『青柳楼の大灯籠』近くのベンチに座った。西北西の空には線香花火の最終形態のようなオレンジ色の夕陽が浮かんでいた。
 何も話さずしばらく夕陽を見つめる2人。私の左腕は自然にミモちゃんの肩を引き寄せる。同時にミモちゃんの頭が私の肩に傾いた。私の頭も少しその上に傾く。そして夕陽が山の稜線に隠れる頃だった。なんのためらいもなく、ごく自然に私の口から言葉が流れた。

「付き合ってくれる…?」

「うん…。うれしい…。」

私の右手とミモちゃんの左手は一つになっていた。

 日没からしばらく、20分くらいだっただろうか? この季節は陽が沈むと急に気温が下がる。まして湖畔。もっとこのままでいたいと思うのだがミモちゃんも少し寒そうに思えた。ここは決断しなければならない。残念な気持ちを整理しながらも私は立ち上がった。ミモちゃんの正面に回りエスコートしようと手を引き寄せようとした時、私の目に奇跡が映った。

「あっ!」

「どうしたの?」

「星が…あれは…。」

「星…?」

「うん。確か火星と土星と…木星。ほらあの辺り、斜めに並んでるのがそう。」

「えっ! あれが?…ホントに?」

「うん。何気なくテレビ見てたら天文関係のニュースで見たから。」

「へぇ~っ、なんかすごい…。夕陽も星も両方見れて…それに…玖津木君と…今日はすごい日になった…。」

「うん。俺もそう思う…。」

っと答えながらミモちゃんの顔を見たら不意に目が合った。そのまま2人は視線を外さない。迷うこともなく、私はミモちゃんにキスをした。


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