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選手に恋して | アダム・イェーツ(イギリス/ ミッチェルトン・スコット)



好きなロードレース選手について語りたい。2人目は、今一番応援している選手の1人、アダム・イェーツです。
※見出し画像は2019年リエージュ~バストーニュ~リエージュのチームプレゼンです。

彼はこちらの記事で書いたサイモン・イェーツの双子の弟。兄弟ともに好きなんて何だか気恥ずかしいのですが、アダムを好きになったのはサイモンよりかなり後のこと。失礼ながら、最初は全く眼中にありませんでした。

サイモンの走りに恋をした私が、何故アダムに惹かれるようになったか。
備忘を兼ねて、書いておきたいと思います。

(1)本編

アダム・イェーツ。
友人と新幹線に乗って初めて参加した2016年さいたまクリテリウム、そこに彼はいた。なのに、あまり記憶に残っていない。前夜祭イベントで選手達がチャレンジしていた「太鼓の達人」が上手だったな、くらいである。

さいたまクリテ_AdamYaes

四賞が全員揃った2016年さいたまクリテリウム。その頃の自分はフルームやサガンといった超ビッグネームに夢中で、ヤングライダー賞のアダム・イェーツは全く眼中になかった。タイムマシンがあったら戻りたいし、もし叶うなら当時の自分に「穴が開くほど見ておくように」と伝えたい。

彼に注目し始めたのは、2018年ツール・ド・フランス。ほとんど毎日落車に巻き込まれていて、全くいいところがなかった。必死に掴んだステージ勝利のチャンスも単独落車で逃してしまう。なんて不幸な選手だと思った。

第16ステージ、総合で大きく遅れていたアダムは区間勝利のため最後の1級山岳ポルティヨン峠でアタック。しかし下りコーナーで落車してしまい、初のグランツール区間勝利を逃す。
この日優勝したのは山岳賞ジャージを着用していた同年代のジュリアン・アラフィリップ(フランス/クイックステップフロアーズ)。アラフィリップは追い抜いたアダムを待ったり、翌日の第17ステージでは彼を気遣う仕草を見せており、性格の良さが伺える。
このステージはフィリップ・ジルベール(ベルギー/クイックステップフロアーズ)がオーバーランし崖下へ転落するなど、落車が目立った。

総合29位という散々な結果でシーズン最大のレースを終えたアダムは、予定外のブエルタ・ア・エスパーニャに出場することになる。目的は双子の兄・サイモンのアシスト。静かに集団後方に潜んでいた彼が、第3週目に驚異的な走りを見せた。
第20ステージ、ミゲルアンヘル・ロペス(コロンビア)の総合順位ジャンプアップのためチーム総出で攻撃を仕掛け先行するアスタナに対し、たった1人で追走。なんと20km超の距離を牽き続け、アスタナを吸収したのである。

ハイライトにはほとんど映っていないアダムの力走。この動画の3分38秒時点でサイモンがアタックをするまで、アダムは一人でサイモンを守り、集団を牽き続けた。
こちらのレースレポートはアダムの20㎞単独追走に触れてくれている。

先頭を牽き続けるアダムの姿からは「サイモンのリーダージャージを脅かすアタックは絶対に許さない」という気迫が伝わってきた。こんなに強く、感情的な走りをする選手だったのか、と驚いた。
それまで力を温存していたとはいえ、終盤の難関山岳で見せた走りは鮮烈だった。チームがsuper brother、secret weaponと評した驚異の脚で、アダムはサイモンのブエルタ制覇に大いに貢献したのである。

第17ステージでもサイモンを守る見事な走りを披露していた。

驚いたのは彼の走力だけではない。エースとしてツールを走る程の選手なのに、彼はチームのオーダーに従ってアシストに徹した。チームの、そして双子の兄のためとはいえ、ここまで自分を捨てられるとは。チーム設立以来初のグランツール制覇を控えめな笑顔で喜ぶアダムを見て、その仕事人的な気質をとても好ましく感じた。

2016年ツール・ド・フランスでヤングライダー賞を獲得し、総合4位に入賞した程の選手だ。彼は間違いなく強い。なのに、驚く程目立たない。
チームリーダーの1人なのに、チームの集合写真などでは中心ではなく端にいることも多い。後に雑誌の記事でシャイな性格と知り、納得した。

LBL_AdamYates_すみっこ

2019年リエージュ~バストーニュ~リエージュのチームプレゼン。他チームのエースが舞台中央に位置取る中、彼だけは一番端に立っていた。
2019年ツール・ド・フランス閉幕後カフェでのひとこま。アダムは一番奥。たまたまかもしれないが、会話の中心から外れているように見える。

だからなのか、ニックネームは「シャドー(The shadow)」。レーススタイルもその佇まいと同じく控えめで、中継映像の彼はよく集団後方をマイペースに走っていた。アタックを仕掛ける姿も時々見かけたが、アシストに次々と指示を出して前を牽かせるようなシーンはあまりなかったように思う。

その彼が、2019年シーズンから変わった。集団前方を走る姿を見ることが多くなった。
ティレーノ〜アドリアティコではリーダージャージを着用して走り、果敢に攻めるも最終日の個人タイムトライアルで敗れ総合2位。
ボルタ・ア・カタルーニャではサイモンのアシストを得て逆転に挑戦、しかし実らずまたもや総合2位。
イツリア・バスクカントリーでは前半ステージでのパンクにより遅れたが、最終ステージで山岳ポイントを荒稼ぎして区間勝利と山岳賞を獲得。
人が変わったようにシーズン序盤から攻め続ける姿に、目を奪われた。

ティレーノ~アドリアティコ、最終ステージは個人タイムトライアル。世界屈指のクロノマン、プリモシュ・ログリッチ(スロベニア/チームユンボヴィズマ)を相手に諦めずに走り抜いた。

シーズン前半のステージレースを駆け抜けた後はアルデンヌクラシックへ乗り込む。フレーシュ・ワロンヌは落車で途中棄権となったが、リエージュ〜バストーニュ〜リエージュは終盤まで粘り4位。表彰台に肉薄する走りを見せた。

LBL_AdamYates_出走前

2019年リエージュ~バストーニュ~リエージュはスタートから冷たい雨。防寒具を着込んで現れたアダムに「頑張って」と声をかけると、短く力強く「ありがとう!」と返ってきた。
余談だが、彼は悪天候にも強い。そんなところも好きだ。

エースとしての責任と覚悟を背負って、勝つために走る。これまでもきっとそうしてきたに違いない。だが2019年はそれが明確に感じられるようになった。
自分の話で恐縮だが、私は人の前に出たり、場の中心になるのが得意ではない。むしろとても苦手だ。だから、少し引っ込み思案な性格であろうアダムが自ら前に出てもがく姿に、ひどく感銘を受けた。勝利を掴むために懸命に走るアダムに、どんどん感情移入するようになっていった。

シーズン最大の目標であるツール・ド・フランスの前哨戦、クリテリウム・ドゥ・ドーフィネは総合首位に立ちながら最終日に発熱で棄権。
本戦のツールでは中盤で大きく遅れてしまい、奇しくも2018年と同じ総合29位で終わる。チームは区間4勝という素晴らしい成果を上げたが、アダムの手には何も残らなかった。

ここでシーズンを終えないのが彼の偉いところで、世界選手権を走り、モニュメント(世界5大クラシック)イル・ロンバルディアに向けて再び調整を重ねていく。前哨戦に選んだクロ・レースはワールドツアーではないものの、総合優勝を果たした。イル・ロンバルディアは残念ながら15位だったが、その前に出場したミラノ〜トリノでは3位に入賞。
そうして彼は、長い長いシーズンを走り切った。

世界選手権2019_AdamYates

大雨の2019年ヨークシャー世界選手権。地獄のようなサバイバルレース、終盤にバイクを降りるまでイギリスチームのために走った。

小柄なクライマーで、グランツールレーサーと言われるアダムだが、彼はワンデークラシックに強い。見極めが良く、そしてタフだ。しぶとく粘って走る姿に、私はますます好意を募らせていった。

後に知ったことだが、英国オリンピックアカデミーは強化選手としてサイモンを指名した一方、アダムを選ぶことはなかった。そこでアダムは知り合いを頼ってフランスへ渡り、アマチュアチームに入ってキャリアをスタートする。
「今に見てろ」と歯を食いしばって努力したそうだが、そのことを声高に語ることはない。彼は挫折を経験しながら、決して卑屈になることなく、前を向いて努力し続けてきた。だから、多少のトラブルではへこたれない。その姿勢が、彼の強さの源泉なのだろう。

2020年は初出場のUAEツアーで、自身初となるワールドツアーステージレース総合優勝を果たす。コロナ禍により2ステージを残して前倒しで終了したものの、第3ステージ勝負所のジュベルハフィートで見せた登坂は、このレースで誰が一番強いかを見せつけるのに十分過ぎた。

文字通り、飛ぶように坂を駆け上がった。サイモンのお株を奪うような強烈なアタックからの独走でステージ勝利とリーダージャージを獲得する。

絶好調でスタートした今シーズン、残念ながらレースは中断されているが、再開後の活躍を心から祈っている。
一言で言うと、私は彼に報われてほしいのだ。シャイで控え目だけどタフで、仕事人気質で、必死で頑張っている彼に。これまでの挫折と努力に見合うとびきりの栄光を、どうか掴んでほしいと思っている。

(2)余談

ここからは彼のもうひとつの魅力について語っていきたい。
それは「かわいらしさ」である。
もう一度言う。「かわいらしさ」だ。

例えば、この表情である。
唇を引き結ぶようなこの表情をよくしているが、これがなんともかわいらしい。

世界選手権2018_AdamYates

2018年インスブルック世界選手権でインタビューを受けながら現れたアダム。「むー」という吹き出しを付けたくなる表情である。かわいい。

例えば、ちょっとガニ股なところ。
このどことなくファニーな佇まいがたまらない。

出走前の凛々しい姿。のはずなのに、ほんのりガニ股な後ろ姿がなんだか微笑ましい。

例えば、ちょっとヘルメットがずれているところ。
イマイチ決まり切らないところが、本当にキュートだ。

チームメイトのルカ・メズゲッツ(スロベニア)に牽かれてアタック!抜群に格好いいシーンのはずなのに、ヘルメットが微妙にずれている。かわいい。

2019年シーズンはチームのフロントマンとして広報活動も頑張った。
こういうのは苦手なのだろう。頑張っている姿がいじらしい。

スポンサーの寝具メーカーの製品PR。眉間のシワに彼の頑張りを感じる…
メディア対応は苦手らしいが、2019年ツールではにこやかにインタビュー対応。アダムはサイモンよりも二重がはっきりしていて、表情が柔らかい。
チームのクリスマスソングリレー企画。無理無理!と言いつつ、ちゃんと歌うところが偉い。私がサンタなら山のようにプレゼントをあげたい。かわいい。

メディア対応などはサイモンの方が上手、とのことだが、アダムの受け答えや選ぶ言葉は、気が利いていてなかなかに粋だ。

2018年シーズン終了後のイェーツ兄弟一問一答。メディアフレンドリーなのはサイモン、と二人とも回答している。
ガールフレンドの誕生日に投稿したインスタグラム。
「僕の共犯者へ、お誕生日おめでとう」…シビれるバーステーメッセージ!

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サイモンとのZwiftのライドイベントではリーダーを務めた。
「何故毎年サングラスのレンズが大きくなるのか」というファンからの質問に対し、「僕らの出力はレンズの大きさに比例します。なので来年はスコットからスキー用サングラスが供給されるはず」と洒落の効いた回答をするなどしてイベントを盛り上げた。
途中「ベストイェーツはアダムですからね、皆さん!」と何度も言っていた。かわいい。
レース休止中のポッドキャスト企画ではロックダウン中の過ごし方を紹介。「ガールフレンドは忙しく働いているけど(彼女は弁護士)、僕はゲームをしたりZwiftをしたりしているよ」と絶妙にヒモっぽい発言をした後、パン作りをしていることを明かし、プロのような自信作の写真を披露していた。

ロックダウン期間中に多くの選手がトレーニングを兼ねてZwiftをするようになったが、実はアダムはかなり前からズイフターだ。ゲーマー気質なのか、楽しんで走っているようである。

Zwift_変な帽子のアダムさん

1人でふらっと走っていることが多く、この日は100㎞超のロングライド。高レベル者の証であるハンチング帽を装備している。グローブやソックスをフェイバリットカラーの赤にしたり、ちまちま設定を変えていると思うとかわいい。

このように、枚挙にいとまがない。まだまだネタは尽きないが、これくらいあれば十分だろう。彼の「かわいらしさ」が少しでも伝われば幸いである。

(3)参考記事など

サイモンが英国オリンピックアカデミーに選ばれた一方アダムが選ばれなかった日の家族の様子が書かれている。
一卵性と言われることが多いイェーツ兄弟だが、この記事では「彼らは二卵性」と明記されている。

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