アルゼンチンの桜

「元気のでる色」。
アルゼンチンで還暦を迎えた母はそう言って、
鮮やかなピンクとレモンイエローの毛糸を刺繍針で刺した。

その刺繍は「ボルダド」といって、アルゼンチンの家庭で親しまれている。
目が覚めるほど強いエネルギーを放つ、カラフルな花柄の模様。
毛糸は刺繍台の上でぷっくり膨らんで、つい触りたくなる。

アルゼンチンでは桜が咲かないから、母は、
日本の家族や友人から送られた写真を集めて、
スライドショーを作ったという。
中目黒から、大阪の長居公園、三重の赤目の滝、福島の石川町へと続く、
壮大な桜の旅。
地元の友人たちへ上映会をして、それはそれは好評だったと、
母は「ボルダド」を刺しながら嬉しそうに話した。
「こんなにたくさんの桜を見るのは初めてだった、って」。

日本から30時間。訪ねてきて良かったと心から思った。

父と母が穏やかに暮らす、陽だまりのリビング。
アルゼンチンに、もうすぐ春が来る。


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