小説『磨心郷』3. 踊るトーテムポール
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カウンターのテーブルの隅で、それは踊っていた。
体長30センチほど。
どこからどう見ても、トーテムポールとしか表現のしようの無い物体だ。
マッチの火を煙草に点けるのも忘れて、僕は楽しそうに踊るトーテムポールを見つめていた。それは、コミカルに僕の心を捉えた。左右に揺れながら。
暫くそれを見つめていると、やがて、マッチの火が所在無さげに、消えた。
それとほぼ同時に、トーテムポールも姿を消してしまった。
私は、それをもう一度見てみたい一心で、改めてマッチを点けてみることにした。
しゅっ。
ぽっ。
火が点くと、再びそれは目の前を横切った。私は今度は、煙草にマッチの火をしっかり移し、それの行方を目で追った。先ほどとは反対側の場所に、それは居た。そして、相変わらず同じように踊っていた。
リズミカルに、左右に揺れながら。
「どうも今晩は。やんごとなきかな。やんごとなきかな。あんたは新入りなのかい?」
そのトーテムポールは、言葉を発することなく、明らかに僕の意識の中に入り込んできた。
やんごとなきかな。
古文で習ったけど、どんな意味だっけ。
僕がそう心の中でつぶやくと、即座にトーテムポールが意識に語りかけてきた。
「捨ててはおけない、とか、ほっとけないってことだよ。ところで君、名前は?」
これ、何だろう。テレパシーみたいなやつなのかなあ。
僕は意識の中で、名前は滝本だ、と応えた。
トーテムポールは、先刻から変わらぬリズムで揺れながら、ぽぴん、ぽぴんと、22世紀から来た猫型ロボットが移動する際に放つような音を鳴らしていた。
そして、こう応えた。
「僕は、トータス。君の心の友でありたい、ひとつの存在さ。あまりにも君の心が疲れた色をしてたもんだからね、どうしてもちょっと心に入り込んでみたくなったんだ。やんごとなきかな。やんごとなきかな」
やんごとなきかな。
やんごとなきかな。
僕はその言葉を繰り返し心の中で唱えた。
「タキモト、僕と心を共有してみないかい?」
心を共有?
私の心には疑問符がついた。
灯った。クエスチョンマークが。
灯ったっつーか、ウルトラクイズのハットみたいな感じで、ぴこん!とクエスチョンマークが立ち上がった。
そのクエスチョンマークを貪り食うような勢いでトータスは続けた。
「そう、心を共有するの。今やっているような心と心の会話は単なるキャッチボールだけど、共有するとお互いの心の全てが理解できるんだ。どうだい、やってみないかい」
面白そうだ。
しかし、心の全てが理解される?
僕の心の全てが知られてしまう。
どういうことだろう。
普段あまりしゃべらない僕にとって、それがどういう感じになるのか、全くわからなかった。でも、ちょっと好奇心が沸いた。
やってみよっかな。
かなりの勢いによる興味本位で、僕はそう応えた。
「よし、いいねタキモト。じゃあ、心の共有の仕方を説明するよ。まあ簡単なことなんだけどね」
トータスは頭をこちらに見せた。頭の上には、小さな火がちょこんと乗っかっていた。
「これが僕の種火なんだ。この種火に、君の持っている煙草の火を一体化させるんだ。そうすると、心が共有できるんだ。でも、火を消しちゃいけないよ。君の煙草の火か、僕の頭の種火のどちらかが消えてしまうと、お互いの姿かたちを見ることが出来なくなっちゃうから。気をつけてね」
わかった、やってみるよ。
僕はそう応えた。
燻らせていた煙草を見ると、残り短くなりつつあった。急いで新しい煙草を取り出し、火を移し替えた。
そして、新しい煙草の火をゆっくりとトータスの頭に近づけた。
【NEXT】4. 心の共有
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