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とびっきりの「普通」感が、しみじみと美味しい。そんなアルバム。 ​− ​くるり『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』

※これは、2010年に岡村詩野さんの音楽ライター講座を受講していた際に書いた、2010年のベスト・ディスクをテーマにした原稿です。無料で全文が読める「投げ銭」式となっております。

くるり『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』​

とびっきりの「普通」感が、しみじみと美味しい。そんなアルバム。

2010年の日本の音楽シーンを振り返ってみると、神聖かまってちゃんや七尾旅人といった面々がまずは思い出されるし、確かに彼らの存在感はとても今っぽい。でも、くるりがこの年に放ったアルバムは、奇をてらったり、過激だったり、最先端だったり、そんな刺激とは無縁であり、とんでもなく「普通」であるが、それが、いい。の子のようなちょっとイッちゃってるパーソナリティーが持てはやされる時代だからこそ、聴いていて安心出来る、今作のような「普通」のアルバムを僕らは必要としていたのかも知れない。

かつては、人と違うことをやってやろうとか、素晴らしい作品を作ろうとか、そういう岸田繁のひねくれ感や意気込み、気合いが前面に感じられる意欲作が多かったし、そのモチベーションの高さがいい具合に作品を彩っていた。しかし、『ワルツを踊れ』で、そのような力の入った作風が、ある沸点にまで達したように思う。岸田自身にも、出し切ったような達成感や燃え尽き感が多少なりともあったのではないだろうか。そこをターニングポイントにして、『魂のゆくえ』からの2作品は、その反動からか、いい意味で力が抜けて、落ち着いたシンプルな作風になっている。斬新さや派手さ、驚きのようなものは無い。刺激的な音や、大仰な感動の類いも今の彼らには必要ではないのかも知れない。

今回のアルバムにあるのは、どっしりと腰を落ち着けた作り手の、気負いの無いシンプルな言葉やメロディーが、日常の中に溶け込んで輝いていく感覚。平熱の体温に非常に近い温度で鳴らされるがゆえに、生活になじむ音楽。何度も聴けて、聴くたびにじんわりと心に染み渡ってくるアルバムである。前作『魂のゆくえ』の質感にもニュアンスとしては似ているのであるが、前作が「天ぷら蕎麦」のような食感であり、具も最小限に抑えられ、「なるほどな」と納得する類いの美味さだとしたら、今回の作品は、煮干し出汁で透き通ったスープの「醤油ラーメン」であり、静かな感動が広がる味なのである。脂分は少なめであり、胃もたれもなくするっと食べられるし、飽きが来ない。吉祥寺にある「一二三」という店の中華そばに似た味わい深さを感じるのである。

「一二三」の麺は中華麺ではなく、まさに日本蕎麦のような麺。そこに、何種類かの魚を出汁にとった醤油ベースのスープが絡み合う。天ぷら蕎麦から一歩進化して、かつ一本芯の通ったストーリーを感じさせてくれる、まろやかな極上の味。今作の『言葉にならない、笑顔をみせてくれよ』にも、そんな味に通じる風合いを感じる。では、前作と今作との決定的な違いはどこにあるのだろうか。

冒頭の「無題」でつぶやくように放たれる、アルバムタイトルの「言葉にならない、笑顔を見せてくれよ」という言葉から、「さよならアメリカ」の鮮やかなギターリフとboboの懐の深いドラムで印象的に始まり、日本という国のアイデンティティを見つめ直しながら、和を感じさせる祭ばやし的な「東京レレレのレ」へと続く。そして、「温泉」「シャツを洗えば」といったような、生活や日常に近いところに風景が変わる。後半の「犬とベイビー」、「石、転がっといたらええやん」のあたりで、ピリっとした胡椒のスパイスも効いていて、締めには「麦茶」で静かに終わる。この一連の流れが、1杯のラーメンを食すような素晴らしさ。前述の「一二三そば」のような、あっさり味であるが味わい深いスープを飲み終えた後に残るのは、ラーメン二郎を食べた後のような過剰なまでの満腹感では決してなく、またもう1回食べたいな、と思わせてくれるような程よい満足感なのである。

アルバム全体に渡って一本芯が通っているように感じるのは、このアルバムの中心に「日本」という核が存在しているからではないだろうか。思えば、民主党政権に交代した昨年から今年にかけての期間は、「日本」という国について深く考えたり憂いたりする機会が多かったように思う。どこに行きたいのか分からない、迷走する政府への不安。国の借金の増大、普天間問題、尖閣諸島問題など、「日本」を改めて見つめ直さざるを得ないことも多かった。そんな中で、岸田もまた、日本で生きるということに正面から向き合い、日本人であることの幸せや、日本的なものの素晴らしさについて再考し、それが今作に色濃く表れたと言えるのではないだろうか。それは、冒頭の「さよならアメリカ」の歌詞や「東京レレレのレ」の曲調はもちろんのこと、「目玉のおやじ」、「温泉」、「麦茶」など、まさに日本というものを感じさせるタイトルにも見て取れるし、それがこの作品に温かい深みを与えている。それは、前作には無かった、確固たる一本の芯であると言えよう。

また、全編を通じて、極端に目立つような派手な曲は無いものの、「目玉のおやじ」のBメロなど、要所々々で見られる岸田ならではのコード展開やメロディーはさすがの職人技と言えるが、それすらも自然に聴かせることに成功している。野球で言うと、難しい打球をいとも簡単に捕っているがゆえにファインプレーに見えないのが本当の上手さ、という美学に通じるような、凄さを感じさせない凄みと言うべきか。『ワルツを踊れ』での「ジュビリー」は完全に派手なファインプレーを決めてガッツポーズを出したかのような、岸田の凄さを否が応でも感じさせてしまう名曲であるし、アルバムの中でも非常に重要な位置を占めている絶対的エースのような曲であった。逆に言うと、エースがいないとチームが成り立たないような、そんな危うさもあった。『TEAM ROCK』では「ばらの花」、『THE WORLD IS MINE』では「WORLD'S END SUPERNOVA」のように、それぞれのアルバムにあった押しも押されもせぬエース級の曲は、今作には存在しない。しかし、各曲がそれぞれの持ち味を発揮していて、1番打者から9番打者までそつなく繋いでいくような非常に繋がりのある打線、そしてそこまで絶対的な力は無いが打たせて取るタイプの投手を野手陣が穴の無い守備で盛り立てていくような、まさに質の高い全員野球を体現している。個の絶対的な力に頼るのではなく、チームとして非常にいい野球をするなあ、と感じさせてくれ、最終的には勝っちゃうというチーム力の高さゆえの強さ。そんなアルバムであり、それは名作と呼ぶにふさわしい。

音楽配信やiPod、iPhoneの時代になり、楽曲単位で楽しむ聴き方が世の中で広がりを見せる中、シングル曲などの単体の楽曲に依存せず、こうやってアルバム全体をじっくり聴いてこそ意味のある、そしてアルバム単位で勝負できる作品を「普通」に世に出してきたくるりは、さすがと言わざるを得ない。最近のちょっと落ち着いちゃったくるりがあんまり好きじゃないという人にこそ、このアルバムは一生寄り添っていける素晴らしい傑作なのだということを、声を大にして言いたいのである。

音楽好きな皆さんに限らず、最近音楽から離れてしまっていてあんまりCD買わないなあという皆さんにも、あえて1枚買うならこのアルバムを是非お勧めしたい。きっと、日常に疲れた時にも、人生のお供として素敵な勇気と安らぎをくれる存在になるだろう。そして、この音楽を味わって味わって味わい尽くして、言葉にならない、笑顔を見せてくれよ。(阿部彩人)

▼打たせて取るタイプの投手っぽい、今作からの先行シングル曲。
くるり / 魔法のじゅうたん 【Music Clip】
https://www.youtube.com/watch?v=w72JuZ0CuCI

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