私の百冊 #11 『利己的な遺伝子』リチャード・ドーキンス

『利己的な遺伝子』(40周年記念版)リチャード・ドーキンス https://www.amazon.co.jp/dp/431401153X/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_V6qTFbSFQ4EJY @amazonJPより

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書影は僕の手元にある2006年の〈増補改訂版〉を使わせて頂いた。が、40周年記念版のほうが2,000円も安いので、Amazonのリンクはそちらを貼った。kindle版になればさらに600円ほども安くなる。なんでも安ければいいとは思わないが、しかし、本書はできれば廉価版1,500円くらいで出してほしいものだと思う。価格を見て逡巡する人が現れるのは、その人にとって、いかにも残念なことだと考えるからだ。

異論は数多あるかと思われるが、大胆に言ってしまうと、1859年の『種の起源』が19世紀を代表してその後の世界観を規定したのだとすれば、1976年の『利己的な遺伝子』が20世紀を代表してその後の世界観を規定した。そう言ってしまってもいいくらいに大事な一冊である。だから、もっと安くしてくれたらいいのになあ…と思うのだ。

『種の起源』が世に出されたとき、我々のご先祖様を遡っていくと猿に出会うらしいぞ!と騒がれた(らしい)のと同じように、『利己的な遺伝子』もまた、我々は遺伝子とかいうやつを運んでいるロボットらしいぞ!と騒がれた(らしい)。――敢えて記すのもバカバカしい話だが、(らしい)と差し込んだのは、ダーウィンはむろんドーキンスをめぐる騒動も、僕はリアルタイムに体験していないもので、これはあくまでも伝聞ですよ…とお断りしているわけである(まあ、わかりますよね)。

『利己的な遺伝子』という、いささか挑発的なタイトルは、言うまでもなく、本書が一般読者向けに書かれた啓蒙書だからであり、たくさんの人に読まれることを狙ったからに過ぎない。が、遺伝子が利己的に振る舞っているようだと考えてみると、生物の様々な行動の意味がうまく読み解けるように思える――というのが本書の主題である。(思い切りはしょったけど)

しかし、むろん、これもまた敢えて記すのはバカバカしいことだが、遺伝子にいわゆる「意思」があるわけではない。そこは、たとえばキリンが「首が長いと有利だな」と考えて、意思をもって首を長くしてきたわけではないという、進化論を理解する際の基本的な約束事と同じ話だ。あくまでも「結果的に」そうなったのであって、そうしようと考えてそうなったのではない。(蛇足だが、実在するのは個体のみであって種は実在しない、という考えも大切だろう。これを失念すると、ダーウィンの話もドーキンスの話も、おかしな具合に捻じ曲がって聴こえてくる)

僕はマイノリティではない男性なので、女性に(性的に)惹かれる。その際、「ドーキンス的にどうしようもない」といった言い回しを、実はけっこう好んで口にする。自分の小説の中でも使う。異性の無意識な振る舞いを誘惑として受け取ってしまう「抗い難い様」を伝えようとする際に、「これはもうドーキンス的にどうしようもないことなんだよ」などと登場人物に言わせたりする。要は、「僕」が君に不快と受け取られ兼ねない眼差しを向けてしまうのは、「僕の中の利己的な遺伝子」が「僕」にそうさせるからであって、決して「僕」がいたずらに好色なせいではないのだと訴えたいわけだ。

では『利己的な遺伝子』を手に取ってみよう。500ページもあるから最初ちょっと怯むかもしれない。が、心配は要らない。少なくとも数式が出てきたりはしない。分数と少数と冪数がほんのちょっと出てくるだけだ。あなたの子供にはあなたの遺伝子が1/2受け継がれており…みたいな文脈で。他方で、その代わり、生物学の本なのに挿絵も入っていない。冒頭に添付した書影には有名な「二重らせん構造」を思わせる装丁が見えると思うけれど、本文中には絵や図や表などいっさいない。あなたの子供にはあなたの遺伝子が1/2受け継がれており…みたいな文脈では、図のひとつくらいあってもいいような気がするけれど。

本文を少しだけ紹介しよう。「9 雄と雌の争い」の一部である。

「・・・雌がつくる卵子一個に対する分として雄がつくる精子は莫大な数にのぼるので、個体群中の精子の数は卵子をはるかに上回っている。したがって、任意の一個の卵子が性的な合体をとげうる可能性は、任意の一個の精子のそれにくらべてはるかに高くなる。つまり、卵子は相対的に貴重な資源だということである。それゆえ、雌は、雄の場合ほど性的魅力が強くなくとも、自分の卵子の受精を保証できるのである。・・・」

なるほどね。だから男のほうはガツガツせざるを得ないわけで、女のほうはなんだか余裕綽々な感じなんだな。男は常に焦燥に駆られ、大いに悲壮感を漂わせながら、人生を送るほかないというわけか。――僕が想像するに、ドーキンスはきっと、こんなことを書くから嫌われているのだろう。ありそうな話である。(綾透)


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