見出し画像

『予想で泣かなくてもいいよ』パート2(戯曲)

金曜日

ここはどこだろう
昨日の記憶がない
お酒を人生でいちばん飲んで道に寝た記憶まではあるけど
起きたら道じゃない
電車のなかにいる
牧歌的な風景が窓の外に広がっている
木の中にたまに家
畑の中にたまに家
稀に人
時計をみたら午後三時
金曜日
普通に出勤の日だ
無断欠勤の連絡をしないで
はじめて休んでしまったな
学校も皆勤賞を貰っていたのにな
何度も
でももうどうでもいいや
カバンがないと焦ったけれど
なんだ網棚にあったのか
財布もちゃんとあった
よかった
不在着信の件数を数えずに
電車の窓から
スマホを放り投げる
川を狙ったけれど川には落ちずに
手前の泥に埋もれる
なんにせよこれで
生まれてはじめて
想像されることのない自由を
勝ち取ったのだ
名もなき民であることは
二十一世紀に入ってから
オリンピックに出るよりも難しい
なんてね
ははは
ははははは
二十一世紀旗手
これは白旗ではない
二十一世紀旗手
後ろに誰もついてきていない
二十一世紀旗手
右手で作った銃と
左手で作った銃で
同時に引き金を引く
ばん
ばんばん
ばんばんばん
想像上の敵を殺したよ
二十一世紀旗手
想像上の俺の殺された仇をとったよ
二十一世紀旗手
俺の味方も俺の敵も平等に殺したよ
二十一世紀旗手
寝ている老人が一人いるだけの車内で
小さい旗をふれ
二十一世紀旗手
おまえはようやく
敵も味方もいない世界で
息を吸って吐いたのだ

○参考文献

太宰治『二十世紀旗手』(新潮文庫、2003年)
中村大地『二十一世紀旗手』(2015年)
中島みゆき『中島みゆき全歌集 1987-2003』(朝日文庫、2015年)
スピノザ(吉田量彦・訳)『神学・政治論(上)』 (光文社古典新訳文庫、2014年)

basso『クマとインテリ』(茜新社、2005年)
『web opera』vol.3(茜新社、2018年)

『予想で泣かなくてもいいよ』パート3(戯曲)
https://note.mu/ayatoyuuki/n/n99fa08261672

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?