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『予想で泣かなくてもいいよ』パート5(戯曲)

水曜日

上司に殺意を抱く
化粧ぐらいしたら? と言われて
してますと訂正を入れるのすら癪で
黙っていた
黙って席について
怒りをくすぶらせながら
キーボードを強く叩いた
痩せたら? と言われたときも
死ね
と一瞬で思った
上司はわたしに事実を伝えることで
心を改めると思っている
逆だ
わたしは想像の檻の中に閉じこもる
意思をますます頑なにする
わたしの想像では
(以降、想像上の「わたし」が演じている俳優の姿に近いことを示し、観客が今観ているのは現実の姿ではなく、想像上の姿のほうではないかと疑わせるシーン。どのように描写するか、出演する俳優に合わせ、稽古場で相談して変えても良い。)
わたしは明らかに痩せている方の体型なので
大丈夫
わたしの想像では
わたしは厚化粧しなくてももともと見栄えのする顔なので
大丈夫
わたしの想像では
わたしは毎年彼氏が変わるぐらい恋愛にうつつを抜かすほうなので
大丈夫
わたしの想像上の彼氏も
わたしの想像上の元彼も
わたしの想像上の元元彼も
誰かに話してボロが出ないくらい
ディテールがしっかりしているから
大丈夫
彼らは本当にわたしの脳内で
生活していて
好きなことを喋っている
こないだ一人消えちゃったけど
わたしと全く同じ
時を刻んでいるんだ
わたしの本当の姿は
想像上の姿とイコールなので
特に鏡を見る必要はない
大丈夫
大丈夫
大丈夫
想像力さえあれば
すべて大丈夫
すべて大丈夫ですか?

木曜日

Twitterで流れてくる死者の数で震災の被害を想像するけど
現地にはいったことない
インスタで流れてくる推しのアイドルのダブルピースで陽気な性格を想像するけど
テレビ越しでしか知らないし
プライベートの姿をみたことはない
フェイスブックで生まれたばかりの娘を微笑みながら抱いている同級生に小さな幸せの満ちている生活を想像していたけど
フェイスブックじゃないルートから先月離婚したことを知る
様々な想像で埋め尽くされた脳を
日々入ってくる情報が更新して
わたしの想像を簡単にぬりかえてしまう
わたしの死守したい想像を
簡単に
わたしの唯一の支えとなっている想像を
簡単に

金曜日

すべての広告に疲れたので
電車内に表示される一切の画面を
そういう模様として眺める
文字じゃなくてそういう模様
電車の中も電車の外も
目を開いているだけで何も見ない

目の前の人がわたしに話しかけているので
わたし以外のわたしの体内にいる誰かが
それに答えている
わたしの耳は開いたまま
わたしは痺れるほどの静寂のなかにいる

当たり障りないことを言っておこう
わたしの意思と相反する当たり障りないことを
それで世界が滞りなく回るなら
何も恥じらうことはない
言いたいことを言えば言うほど
世界がわたしを追い詰めるなら
わざわざ口を開く意味なんて
もうどこにもない

見ざる
聞かざる
言わざる

現実を遮断して想像の迷宮を守る
それが唯一の答えなら
わたしの生活の意味は
わたしの人生の意味は
わたしの肉体の意味は
わたしの五感の意味は
わたしの錯乱は止まらなくなって
泡をふいて駅のホームに倒れる

(倒れる俳優。起き上がってから、今までの演技とモードチェンジ。「俳優」という役割を演じる。)

土曜日にもう進めない。

もう続かないや。

何にも続かない。

もう想像したくなくなっちゃった。

もう想像を与えたくなくなっちゃった。

みーんな終わり。

おしまい。

疲れちゃった。

もう誰のことも想像したくない。

わたしを媒介にして誰のことも想像されたくない。

見ざる。(ポーズ)

聞かざる。(ポーズ)

言わざる。(ポーズ)

想像せざる。(ポーズ)

いま。想像せざる。です。(ポーズ)

想像せざる!(ポーズ)

想像せざる!(ポーズ)

想像せざる!(ポーズ)

流行語大賞取れないかな、想像せざる!(ポーズ)

大流行してほしいな!

みんな想像したくなくなったら、こうすればいいんじゃないかな!

それで相手を嫌な気持ちにさせることなく、想像したくないですよーってことを、伝えられるっていう。

せーの。

想像せざる!(ポーズ)

想像せざる!(ポーズ)

想像せざる!(ポーズ)

え、想像したいんですか。

想像せざる!(ポーズ)

え、どうしても想像したいんですか?

想像せざる!(ポーズ)

もう、しょうがないなあ。

じゃあ、設定くださいよ。

何でもいいから設定くださいよ。

あなたたちがこの時間ではぐくんだ想像を、ぶつけてくださいよ。

アンケートとかいいから。

わたしの言葉を真正面から捉えなくていいから。

今わたしを観て想像してますか?

今わたしが喋ったことの後ろにある何かは何ですか?

何もありませんか?

ねえ、聞いてます?

想像していたものを教えてくださいよ。

あれ、ひょっとして想像してなかったんですか?

まさかまさか、何にも想像してなかったんですか?

驚いたなあ。

いやいい意味で。

皮肉とかじゃなくて。

わたしは信じていたんですよ。

わたしが違う姿に想像されていることを。

思い込みでしたね。

想像せざるだったのか、みんな、もともと。

わたしといっしょですね。

想像してるふりしてたのか。

なんだなんだ。

そっかそっか。

こんなに想像せざるの仲間がいて、嬉しいなあ。

じゃあもう、想像するきっかけを、お互いに与えなくていいんですね、わたしたちは、もう。

良かったなあ。

本当に良かった。

わたしの痛みを想像する人たちがこの場からいなくなって。

想像力が滅んで。

(沈黙。しばらくして俳優、「想像せざる。」のポーズをして固まる。)

○参考文献

太宰治『二十世紀旗手』(新潮文庫、2003年)
中村大地『二十一世紀旗手』(2015年)
中島みゆき『中島みゆき全歌集 1987-2003』(朝日文庫、2015年)
スピノザ(吉田量彦・訳)『神学・政治論(上)』 (光文社古典新訳文庫、2014年)

basso『クマとインテリ』(茜新社、2005年)
『web opera』vol.3(茜新社、2018年)

『予想で泣かなくてもいいよ』パート6(戯曲)
https://note.com/ayatoyuuki/n/n565654622135

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