見出し画像

『予想で泣かなくてもいいよ』パート3(戯曲)

土曜日

俺はいま
君の想像の及ばない場所にいるよ
さあどこでしょう
想像の及ばない場所だから
何と言ってもあたらないけどね
ははは
俺はいま
想像力を使うことを
生まれてはじめてやめてみたんだ
神も仏もない
貧しい世界を
飾り付けもせず
直視することにしたんだ
想像力を止めるのは
想像力を動かすよりも
よっぽど強い意志がいる
ありもしないものにすがって
幻覚と幻聴で毎日を彩って
これまで生きてきたことを
自覚するのは
悲しい
みじめだ
泣けてくる
でもなぜだろう
どこかでほっとしているんだ
背伸びした状態で
道を歩き続けたら
足を捻挫する
最悪骨が折れる
俺はいま
いつぶりだろうか
地に足がついている
想像の産物ではない
地面の味を
深く噛みしめている
味っていっても土を食ったわけじゃない
噛み締めているのは足の裏だ
素材の味っていうのは味覚だけじゃない
五感すべてに素材の味を
楽しむ回路はあるはずで
それを封印しているのは
都合のいい想像だ
俺に都合のいい想像を
俺は二度としないから
君も俺のことを二度と
想像しないと誓ってくれ
天地創造の神は
天地を創造するまえに
一度頭の中で
想像したのかな
つくるまえに思ったのかな
脳内で世界を描いたのかな
そうじゃないと信じたい
だってそうだとすると世界は
神の想像力で出来ていることになるから
想像力の存在しない世界で
これからは生きていきたい
想像力をたくましくすることは
目の前のあらゆるものを
踏みにじることであるようにしか
俺にはもう
感じられないから


○第二部 契約社員


日曜日

わたしは一年経っても時々
あいつのことを想像してしまう
あいつはわたしの七人目の彼氏で
とにかくその前に別れた彼氏のことが
好きで好きでたまらなくて
ずるずるずるずる醜く引きずった状態のまま
手持ち無沙汰だったからぐらいの雑な理由で
とりあえずの妥協で
寂しさの穴埋めで
付き合いはじめたはいいけど
寂しさよりイラつきがすぐに勝って
別れ話を切り出すタイミング
ぐずぐずぐずぐず迷っているうちに
あいつはわたしの世界から突然消滅した
その日からあいつはわたしの
想像の産物になった
特に大切なわけでもないのに
未だにアタマをシャキッと切り替えられないのは
やっぱり別れ話という斧がないと
関係性を完全に切断出来ないからなんだろうね
別れ話って大切な儀式だったんだね
たまらなく嫌たまらなく嫌
嫌だ嫌だ
いつでもさっぱりした気分でいたいのに
妙な想像にアタマを覆われることが嫌だ嫌だ
あいつがどこかで元気でやっていようが
とっくの昔にのたれ死んで干からびていようが
わたしの生活にもう1ミリも影響なんてないのに
結局どっちに落ち着いたのか微妙に知りたくなってしまうことが
嫌だ嫌だ
八人目の彼氏の目の前で
七人目の彼氏を想像することは
ほとんど冒涜に近い
と思いながらキスをする
八人目の彼氏と別れてからまた想像する
あいつを元彼と言い切れないことも
嫌だ嫌だ
こんなことなら別れ話を
あの日の忌々しい電話の時に
衝動的に口走れば良かった
ああほらまた
こんなふうに
想像しても仕方のないことが
わたしの意思と関係なく
延々と紡がれてしまう
嫌だ嫌だ嫌だ
消えろ消えろ消えろ

こんなに強く念じても想像してしまうなんて
脳って不便だね
手足はこんなにコントロール出来るのに
言うことを全く聞かない飼い猫のよう
あいつという想像の産物
きれいさっぱり
あとかたもなく
消えろ
消えてしまえ
明日にでも
今日にでも
今にでも

念じるたびに
想像の壁にもたれかかりながら
あいつは薄く微笑む

月曜日

おはようございます
一年経ってもわたしのことを
腫れ物扱いするみなさん
人の噂も七十五日って聞いてたけど
あれって本当に噂だったんだね
ぜんぜんちがうじゃん
ぜんぜん忘れてくれないじゃん
まあ
会社に何の期待もしていないから
いまさらなんだけどね
あいつがわたしと同じ部署だったから
気を遣われたのか総務に異動になったけど
こんな狭い会社じゃどっちみち
噂は知れ渡っていたから
扱いは五十歩百歩だったから
仕事を覚え直す手間が無駄
だったんだけどね
電話が多くなってむしろ嫌
だったんだけどね
まあ
会社は想像力をオフにして
ただただ手を動かせば
お金が発生する場所でしょ
ただただ手を動かしますよ
ストレス発散は
家に帰って想像をすること
想像をたくましくすること
そして
わたしの好きなBLの設定を
現実の会社の人間にあてはめて
あんなことやこんなことをさせて
ふふふ

どんなのが好きかって
そんなのこんな公共の面前では
言えないようなあれですよ
あとは察してください
ご想像にお任せします
ふふふ
まあ
わたしのドストライクは
王道じゃない
ちょっとくたびれたおじいちゃんとまだまだ現役だぐらいのおじいちゃん
欲を言えばメガネの老紳士なワケで
basso的なやつなワケで

basso読んでないの
もったいないなあ
OPERAすぐ買ってOPERA
オペラって別に舞台のほうじゃないよ雑誌のほう
まあ今すぐ読めないだろうから
今はどんな作品か想像して
我慢して聞いてください
老紳士の相手の年の差のこだわりについては
長くなるので割愛します
でもコミケとかで同志を見つけるのは難しいし面倒だしで
ひとりで想像力をひたすら養うだけに
なっちゃってるんだけど
まあ
いいや
総務に移っていちばんよかったのは
湯水課長が細さ的にも無口的にも地味過ぎるネクタイの柄的にも
完全にドストライクで
わたしの日々の想像力の糧になってくれていること
まあ年齢的にはおじいちゃんよりおじちゃんって感じだから
今後に期待ですね
あとは誰を湯水課長に
あてがえばいいかっていう
簡単な想像のバリエーション
とシチュエーション
想像するだけで
わたしの夜は簡単に埋まるっていう
そこだけは救いだったわ
簡単な想像が救いになる
簡単な脳で良かった良かった
社内恋愛はしばらくいいわ
わたしはわたしの想像でしばらく
悦に浸ることにするわ
湯水課長が脳内で苦しんでいる
悶えている
想像の湖の底に沈めたからだ
わたしの快感は絶頂に達する
わたしの想像はいつだって
容赦なんてしないんだ

○参考文献

太宰治『二十世紀旗手』(新潮文庫、2003年)
中村大地『二十一世紀旗手』(2015年)
中島みゆき『中島みゆき全歌集 1987-2003』(朝日文庫、2015年)
スピノザ(吉田量彦・訳)『神学・政治論(上)』 (光文社古典新訳文庫、2014年)

basso『クマとインテリ』(茜新社、2005年)
『web opera』vol.3(茜新社、2018年)

『予想で泣かなくてもいいよ』パート4(戯曲)
https://note.mu/ayatoyuuki/n/n564fbfad3828

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?