ティースプーンの思い出

私が中学生の頃、少子化となった今の時代では考えられないくらい児童数は多く、一学年が10数クラスと言うのが普通だった。
学年が変わるとクラス替えがあり、そうなると人数が多いからガラッとクラスのメンバーが変わってしまい、知らない子ばかりのクラスになってしまった。元来の人見知りもあって、なかなかクラスに馴染めずにいたところに、積極的に声をかけてきてくれたのがヒロミだった。
ヒロミは男女の分け隔てなく付き合うタイプの、小柄で目のクリクリとしたかわいい感じで、ショートカットがよく似合う子だった。
好きな男子も一緒で、影でこっそり見ているだけの私と違い、好きだと言うそぶりは見せないものの積極的に関わりを持つヒロミを羨ましくもあった。自分とは正反対のヒロミのおかげで、私はなんとかクラスに居場所を作ることができた。

ある日、放課後ヒロミに誘われてヒロミの家に行った。中学から近いその家は、古くからある県営団地だった。

「今日はお母さん、休みだから」

ヒロミは母子家庭だった。いつもは働いていて家にいないのだろう。母が専業主婦である私にはあまりピンと来ない。
部屋に入るとヒロミのお母さんがいた。

「いらっしゃい。今紅茶入れるからちょっと待ってね」

ヒロミと一緒にテーブルにつき、初めての家で落ち着かない心持ちでいた。
しばらくすると、お母さんがティーカップとティースプーンを持ってやってきた。紅茶はティーバッグだ。
カップのなかにティーバッグを入れ、お湯を注ぐ。カップのなかはみるみる琥珀色になっていく。
お母さんは、しばらくティーバッグをカップのなかで揺らすと、ティースプーンですくい上げて、ヒロミのティーカップに入れた。そして、再びお湯を注ぎ、ティーバッグを泳がせた。

「あんたは薄くていいでしょ?」

と言いながら、私の紅茶よりは少し薄い色の紅茶を入れた。

「貧乏くさ」

言いながら笑うヒロミに、私は苦笑いをした。
お母さんは明るく笑いながら、

「うるさいわね。仕方ないでしょ?貧乏なんだから」

と笑い飛ばし、再び、ティーバッグをスプーンですくい上げると、今度は自分のティーカップに入れ、お湯を注ぎ、同じようにティーバッグを泳がせた。しかし、いくらティーバッグを泳がせても、私の紅茶とは比べ物にならない薄い出涸らしだった。
ヒロミのお母さんは散々ティーバッグを泳がせたあと、すくい上げたティーバッグをその糸でくるくると器用にティースプーンに巻き付けて、ギュッと絞った。開ききった茶葉からもうこれ以上はムリです、と言う声が聞こえてくるくらい申し訳程度に色のついたお湯が絞り出された。

「うち貧乏だから、いつもこうやって飲むのよ。おばさんには薄くてちょうどいいのよ」

と言いながら豪快に笑うヒロミのお母さんを見ながら飲んだ、しっかりと濃い紅茶はとても美味しかった。

#紅茶のある風景

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