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私の見た死 1. 貫いた人

訪問看護師として働いていたときのこと。

連携先の病院から紹介があり、

「初診で運ばれてきた時には、
すでに末期がんの疑いが濃厚だけれど、
全ての検査を拒否されたため、
自宅退院することになった」

とのこと。

紹介者の病院側としては、
検査も治療も「拒否」する手ごわい患者さん、として
とらえていることがありありと伝わってきます。

それも当然です。

医療者は、基本的には
「病気を治したい人」
「少しでも症状を楽にしてあげたい人」
がなる職業だからです(もちろん例外あり)。

自分たちが提案した医療がいらない、という人は、
「じゃあこっちだっていらないよ」
と、手のひらを返したような反応になることが多いです。

でも。
視点を変えると、
その人は「検査を受けない自己決定をした」のです。

そして、そのご家族も、
どういう経緯からかはわからないけれど、
「本人の意思を尊重する」という選択をされました。

そのことは、当たり前の権利だと私は思うのです。

………………

退院後の訪問看護を、
というのが病院からの依頼でしたが、

その方の医療不要!の決意は相当強かったのか、訪問看護も不要とのことで、
実際に訪問する機会はしばらく訪れませんでした。

ケアマネジャーもつけず、
家族による介護と
最低限これだけは、とつながっていた在宅診療クリニックだけが、受けていた支援でした。

いよいよ介護用ベッドが必要になり、
クリニックからの依頼があって訪問看護を開始した日、

その方は余命数日と思われる病状でしたが、
ご本人は全くそのようには感じておらず、
飄々とされていました。

病状はシビアでしたが、
医療処置だけでなくその方を知りたいと思い、話を伺いました。

「なにも制限がなかったとしたら、いま何がしたいですか?」

この質問に、反応してくれました。

「そうだね、運動したいね〜」

聞けば、スポーツジムが日本にできた草創期の頃からジムに通って筋トレし、
ボディビルに精を出していたそうです。

若い頃の話をするときは、
病人とは思えない活き活きした表情を見せてくれました。

私が筋トレ始めたばかりです、と言うと、

「よし、俺が教えてやる」
とのこと。

実際に運動はできなかったとしても、
この方らしさが輝く瞬間に立ち会えた感触がありました。

そのような話のあとには、
少し医療処置も受け入れる気になってくれました。

ご家族に、
症状への対処方法をお伝えして退出した後、
その日の夕方にお亡くなりになったと連絡がありました。

「ああ、貫かれたなあ」
というのが私の感想でした。

ご家族も、
「本人の選んだことだから」
「ぜんぶ自分で決める人だから」と、

決して愛情がないわけではなく、
献身的に介護していたからでしょう。
やりきった感じで看取られました。

………………

この方の場合は、
ご家族が本人の意思を絶対として、
強要しなかったことが、

本人の意思を尊重した
「尊厳ある死」
につながったのだと思います。

本人の意思を尊重しないケースには、
医療者による医療の押し付けがありますが、
家族が了承さえしなければ、
本人の意思は守られます。

たとえ病院側から迷惑がられようとも、
なんどもなんどもあらゆる治療や検査、介護サービスを勧められようとも、

家族がうんと言わなければ、
本人が望まない医療は提供できません。

………………

もしかしたら、
医療不要の選択には、
経済的な事情や
なんらかの病状によって判断能力が低下していたことが要因となっていたのかもしれません。

しかし、入院中から退院後まで、
誰が関わってもその選択を変えるような支援は提供できなかった事実があるのです。

どれだけ医療者が
「こうした方がいい」
という案があっても、
その方の価値観に合わなければ
ご本人の自己決定を尊重するしかありません。

そして、その決定を尊重する姿勢で関わる人が一人でもいれば、
その方はずいぶん楽になるのではないかな?

そう思っています。

この方には、
家族3人、味方が何人もいました。

だからこその、苦痛の中の笑顔ではなかったか、と思います。

カッコいい人でした。

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