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『およそ20年前に生まれた闇~ダイアログ・イン・ザ・ダーク~』

いとう園の園主いとうさみほさんが「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」について記事を載せていたので、私もそれに関する記事をアップしておきます。

この催しが日本に来る前だと思うんだけど、どこかの新聞記事で紹介されいてて……それが20年前くらいだと思います(笑)
とにかくもう、はじめてその内容を知った時の驚きたるや……筆舌に尽くしがたく、10年たっても忘れられず、思い起こしてメモとして書いておいたのが10年前(ややこしな(笑)) それを探してきたので記載いたします。
いとうさんみたいに、体験しないと本当のところはわからないって
わかってるんですけどね(^_^;)

(以下10年前のメモです※たぶん日本のとは違うのかも)

横っ面を引っぱたかれたような衝撃を受けた話をする。
私がずいぶん昔に新聞記事で読んだ話だ。
10年以上前かもしれない。

残念ながらその記事は紛失してまい、
今、手元には無い。
だが、やはりここに記しておきたいので思い起こして書く。
新聞には端的に記されていただけだったが、
私の頭の中では、その取材した記者本人に
なってしまったかのごとく鮮明に展開した。

それは、ヨーロッパ(ウィン発?)の方で
話題になった博物館らしい。
展覧する中身が興味を引いた。
それは「ダーク」。
そう「闇」だ。

館内に人工的に作られた、完全なる闇。
掛け値なしの本当の真っ暗闇を、趣向をこらし、
来場した客に味わってもらおうというわけだ。

本来であれば、介添えのサポーター付きで
何人かのパーティで巡るものなのだろう。
だが、私は――
(せっかく思い起こしながら書くのでなので
もう記者になった視点で書いてみる)
――ありのままを自分で感じ、
取材したかったので、渡された杖を片手に
許可をもらって“一人”で入ることにした。
それが運のつきだったとも知らずに……。

入り口のドアを開け、さっそく中に入る。
ガチャン。

ドアが閉められた瞬間、
そこはもう闇、闇、闇。

一寸先も、そのまた先も闇。
360度どこまでもいっても闇が横たわっている。

自分の掌さえみえない。
理屈抜きで、生理的な恐怖をおぼえた。
入ったすぐに悲鳴をあげるお客さんがいると、
事前に聞いていたが、それも頷ける。

自分の手も足もまるで見えなくなっては
何をどうしていいのかさえもわからなくなるのだ。

ともあれ、このままでは取材にならぬので、
杖を彷徨わせ、もう片方の手を前に突き出しながら、
私は前と思われる方向に、恐る恐る歩を進めることにした。

杖の感覚だけを頼りに、しばらく進むと、
いつのまにか、あたりに木々の匂いが満ちていることに
気がついた。

真っ暗闇の中で味わう森の匂い。
確かに新鮮な感覚だ。
が、次の瞬間、私はビクっとして立ち止まってしまった。

野鳥のさえずりだった。
焦った自分に苦笑する。
しかし、闇というのはこうまで
人を臆病な生き物にするものなのか?

延々と続く闇に、
神経が少しでも周囲に情報を得ようと
敏感に働いているのかもしれない。

ゆっくり確認しながら、林の中を進んでいく。
やがて、かすかに川のせせらぎが聞こえてきた。
沢が近くにあるのだろうか?

それは、進むほどに大きくなっていく。
とうとうその川音の目の前まできてしまった。
思わず立ち止まる。

怖いのだ…。
見えない川が確実に目の前を流れている。
それはわかる。
しかし音だけでは、どれぐらいの川なのか
まったくわからない。

深さは? 幅は?
橋はかかってるのか?
カツンカツンと杖でさぐる。
道はあるらしい。
だが途中で切れているかもしれない。

完璧なまでの暗闇が、一気に恐怖心をあおり始める。
周りを見回しても、無論、誰も見えない。
進むしかないのか?
せめて相談する相手がいてくれたら…。

いや待て!
私がここにいることを、一体誰が分かるんだ?
この途方も無い闇の中で…。

私は軽いパニック状態に陥ってしまった。
このまま誰にも見つけてもらえなかったらどうする!?
一度そんな想像が頭にのぼると、
その恐怖は一気に加速度をまし、膨れ上がっていった。

もういい! なるようになれ!
私はもう自暴自棄になり、なかば走るように
川音に向かって突進した。

私は溺れもしなかったし、濡れもしなかった。
足の下にはちゃんと橋があったのだ。
ホッとして立ち止まり、しばらく、、
下の方から聞こえる川のせせらぎに耳をすました。
安心した状態で聞く、闇の中の川音は
じつに心地よく耳に響いた。

おかしなことに、川が見えている状態より、
より深くせせらぎを味わえた気がした。

更に進み、川の音が遠ざかっていくと、
今度は都会の喧騒らしきものが聞こえてきた。
と、そこで私はいきなり毛躓いてしまった。

杖で確かめると、歩道の段差のようだ。
途端に無性に腹がたった。
なんなんだこの段差は!
忌々しい闇め!

毒づきながら先に進むと、更なる悲劇が私を襲った。
壁だと思われる巨大なものに、何度となく
頭をぶつけてしまったのだ。
私は、とにかく手探りで慎重に進んでいくしかなった。

ふと、何かの突起物に触れた。
ドアの取っ手か?

試しに引いてみると、
鈴の音とともにそれは軽やかに開き、
奥からは「いらっしゃいませ~♪」と
元気な女の子の声がした。

コーヒーの甘い匂いが、
私の鼻腔を強く刺激する。

ああ、ここは喫茶店かぁ。

ここまで緊張の連続で、
正直かなり疲労困憊していた私は
迷わず入ることに決めた。

と言っても、あたりは相変わらずの真っ暗闇で
どこに何があるのかさっぱりわからない。
ウェイトレスに案内されながら、
机や椅子にぶつかりつつ、
私はやっとの思いで、案内された席に腰を下ろした。

ほとほとぐったりしていた。
取材だろうが、二度とこないぞと
心の中でつぶやいた。

ウェイトレスにコーヒーを頼み、
とにかく一休みできることを私は喜ぶことにした。
もう神経も体もクタクタだ。

まもなくコーヒーが運ばれてきた。
いい香りだ。

ところが次の段で、私は当惑してしまった。
ミルクを入れるにも、砂糖を入れるにも、
この闇の中では、思うようにならない。
疲れが癒えるどころか、その作業で
私のイライラは増していくばかりだった。

適量と思われるくらいの感覚でミルクを入れ、
砂糖をスプーンですくい、
これまた感覚でコーヒーに入れた。
なんとかコーヒーを飲めたが、
おいしく感じるゆとりが私にはなくなっていた。

もう出ようとレジを目指すと
また机や椅子にぶつかって四苦八苦。
やっと着いたレジでは自分の財布の中の硬貨が見えない!

……

私はウェイトレスに財布を預け、
手伝ってもらうことで、やっと払い終えた。
払い終えるとすぐに、店を飛び出した。
もうこんなところはごめんだった。

しかし、店の外には怒りのやり場はどこにも無く、
あるのはどこまでも広がっている闇ばかり。

フラストレーションはもう限界近くまで溜まっていた。

とにかく最後まで博物館の出しものをたどって、
あとは記事が書ければいい。
気持ちを切り替えて、仕事をするのだ。

そう自分のお尻を叩くような気持ちで店をあとにした。
数歩進んだ先で、いきなりクラクションの音が
けたたましく鳴らされ、心臓が跳ね上がった。
驚いて後ろに倒れこむと、車が唸り声をあげて
目の前を通り過ぎていく音がした。

腋の下から、イヤな汗が流れ落ちる。

そうだった。
ここはもう街中だったんだ。
闇の中に街があるのだ。

私は立ち上がり、店まで来た道を思い返し、
もう一度方向を確認した。
やはり次に進むには、目の前の道を渡るしかない。

しかしさきほどから、その道を
ビュンビュンとひっきりなしに車が行き交っている。
もちろん、それは見えないが、
音を聞けば確実にそこにあるのがわかるのだ。

闇の中で聞く交通の音は
こんなに怖いものなのか…?

私はまだ怖くて動くことができずにいた。
横断歩道はないのか?
いや、あってもどこにあるのか見えなければ無意味か。

待っていると、車の音が途切れる瞬間があることに
気がついた。
よし、車の音がとぎれたら、
一か八かで飛び出してみるか。
…できるのか? 本当に?
川は濡れれば済む話だったが、ここはわけが違うんだぞ。

じっとりと汗ばんでくる手のひらを
ズボンにこすりつけた。
精神は磨耗しっぱなしで疲れはもうピークに達していた。
だがこのまま手をこまねいていては
永遠に出口には辿りつけない。

まて、ギブアップ!と大声で叫んだら、
さっきの店のウェイトレスあたりが
助けにきれくれるかも?
いや、そんなみっともないことができるか。
私は記者だぞ。

弱気がどうしようもなく顔を出してくる。
だが決断を下さねば、道は切り開かれない。

孤独に自問自答を繰り返したあげく、
よし、次の車が途切れたら飛び出そう!
そう心に決めて、車の音にじっと耳を澄ませた。

今だ!!
私は勇気をもって勢いよく道に飛び出した。
瞬間 ――

 キキーーーーーーーッ!!

タイヤのこすれる急ブレーキの音。

「もう駄目だーッ!!」

と観念しかけたその時だった。

「こちらです!」

大きな声がして、私はがっしりと腕を捕まれた。
腰が抜けて、フラフラになった私の体を支えるように、
しっかりとした足取りで歩いてゆく。

出口にたどりついたのか、ドアが開かれ、
眩しい光が私の網膜を激しく突き刺した。
眩しさと痛みで思わず目を押さえた時、

「ありがとうございましたー!」
「おつかれさまでした!」

と、元気のいい声が耳に飛び込んできた。

少しずつ光に慣れて視界がはっきりしてくると、
目の前には博物館のスタッフらしき人たちが
ズラーッと並んでいた。
ウェイトレス姿のスタッフも混じっている。

生き生きとした笑顔で迎えてくれた
彼らの顔、顔、顔…。

着いた…。
着いたんだ、出口に。
ようやく明るいところに戻ってこれた安心感が
胸の中いっぱいに広がった。

目が完全に外の光に慣れてきて、
私は、笑顔を向けてくれているる彼らに、
礼を返してなかったことを思い出し、
慌てて「いや、こちらこそ」と口にしかけ――
はっと息を呑んだ。

私に向けられたスタッフたちの
溌剌としたまばゆい笑顔。
そのどの笑顔にも、目の光がなかった。

------------------(という内容の記事でした)

殴られた。
見えない何かで頭を思い切り。

いろんな感想があっていいと思う。

「これはつまり、健常者が盲目になった気分を
リアルに味わうためのものだったんだね」

でもいい。

「いや、これは健常者と障害者の立場なんて
状況さえ変われば、まったく逆転してしまうんだよ、
ってことを教えてるんじゃないの?
実際、暗闇の世界では健常者は何もできなかったし、
助けてくれたのは目の見えないスタッフたちでしょ?」
でもいいだろう。

私は、すぐには答えを考えられなかった…。

ただ、横っ面を思いっきり引っ叩かれたように
痛かった。
その痛みの中で、茫然とするだけだった。

決していやな痛みじゃなかったと思う。
その痛みをとにかくずっと握り緊めて
消えるまで味わっていたように思う。

痛みが引いていくと同時に、
なんだか自分の中の傲慢さが少しだけ
溶け出していったような感覚を
今でも覚えている。

今でもあの痛みの意味はわからない。
私の宿題だ。

ただ言えるのは、
私はこの催し物を考えた人間に
脱帽したいということ。

一体どうやったら、こういう発想が
出来るようになるのだろうか?

今でこそ“バリアフリー”という言葉を
よく耳にするようになったが、
ちょっと前まではあくまで健常者中心の世界で、
それが当たり前のようにまかり通っていたはず。

歩道の段差に苦しんでいる人々の声。
階段の上り下りに息づかいを荒くする老婆の声。
横断歩道が赤なのか青なのか分からずに
焦っている、目が不自由な人の声…。

自分のためだけに生きている人間には、
決して聞こえることのない、この声。

おそらく、あの催しものを考えた人は、
この“声なき声”を力強く拾い上げていける
人間性の持ち主なのではないだろうか?

声を拾い上げるには、
他人を思う深い人間力と、果てしない想像力がいる。
誰が、どんなことで苦しんでいるのか?
他人の気持ちを想像できねば、
真のアイディアなど浮かびはしないのではなかろうか?

想像力の翼は、
「どこかの誰かを、どれだけ深く思えるか?」
という強さに比例して大きく広がっていくのかもしれない。

いや、本当のところ
どういう気持ちで作ったかはわからない。
だが、偉大な事業であると思う。
どういう結果にしろ、体験した人は
博物館に入る前と後とでは
確実に世界が違って見えているはずだ。
素晴らしい。

余談だが、政治家とクリエイターは、
あらゆる声を拾える感度のいいアンテナを
持つべきかも知れない。

「人間の想像力というものは、自分の器以上に
ふくらむことはない」
と宮本輝も言っていた。

器を広げ、磨きたい。

この世のあらゆる声を拾って、
想像力をたくましくし、
現実を生きていかねばならない自分らのために
何かを築き、残したい。

どうせ必ず死ぬなら、
それを目指して死んでいきたい。

時代の闇を照らすのは、
他人を思いやれる真の慈悲と光さす叡智だ。

この博物館の話を思い出すたびに、
私は、そう思うのだ。

水もしたたる真っ白い豆腐がひどく焦った様子で煙草屋の角を曲がっていくのが見えた。醤油か猫にでも追いかけられているのだろう。今日はいい日になりそうだ。 ありがとうございます。貴方のサポートでなけなしの脳が新たな世界を紡いでくれることでしょう。恩に着ます。より刺激的な日々を貴方に。