螢灯火

『お尻沢~蛍祭り~』

初夏。
避暑がてら蛍でも拝ませてもらおうと、お尻沢へ向かった。もう地球では、そこでしか蛍の乱舞は見られないと聞き、居ても立っても居られず、日が暮れると私は早速現地へ赴いた。

鬱蒼と茂った草藪をかきわけ、案内もつけずに沢へ降りる。
夜の沢は涼しく、風が頬にこそばゆい――と、ふいに視界が開けた。
出し抜けに眼前に広がったその景色に思わず息を呑んだ。

「なんて美しり…」
感嘆のため息と一緒に思わず声が漏れた。少し噛んだが、真実、明滅を繰り返す蛍の尻の輝きは絵にも描けぬ美しさだった。

…おや? さっきまで各々ばらばらに明滅していたはずの光が徐々にタイミングを合わせ始めたようだ。ひょっとすると、私の感想を聞いて嬉しくなった蛍たちが、せーので輝いて全員で一番美しい尻を見せようとしてくれているのかもしれない。なんと嬉しいサプライズだろう。そう思うと、自然と笑みがこぼれた。

ドックン、ドックンとまるで鼓動を同期させていくように蛍たちが互いの明滅を完全にシンクロさせていく。そのせいだろうか、蛍灯が一斉に灯った瞬間、周囲が夜とは思えないほどの明るさになった気がする。これはもう二度と観られない景色かもしれないなあ。そう思うと、少し寂しく残念な気持ちが湧いてきたが、せっかく味わえたこの感動を汚さぬよう、感謝の言葉でそれを上書きした。

「本当にありがとう! 君たちのお尻は最高にキュートだよ!」

――ドックン、ドックン。本当に鼓動が聞こえてきそうなほど蛍たちの明滅は規則正しく、完全に一致し始めた。

お、おや? ちょっと待ってくれ…
シンクロが進むと同時に、蛍たちの尻の光がどんどん加速度的にその明るさを増していく。
「お、おい、もういい。もうその辺で十分だ。わ、私は最高に楽しんだよ。本当に。だからもう、そんなに眩しくしなくても――」

――ドックン! ドックン!
私の言葉が聞こえているのかいないのか、蛍の灯は脈動するごとにますますその激しさを増していく。
――ドックン! ドックン! ドックン! ドックン!
「ちょ、ちょっ待てっ! 目、目が…! ……くッ……あ…熱い! このままじゃ……!」
――ドックン! ドックン! ドックン! ドックン! ドックン! ドックン! ドックン! ドックン! ドックン! ドックン! ドックン! ドックン! ドックン! ドックン! ドックン! ドックン……!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

「ヒギャーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!!」

・・・

翌日の朝、お尻沢一帯が激しく明滅する謎の光に包まれ、消失したとニュースが報じられた。その際、観光客が一人巻き込まれた可能性も併せて伝えられたが、残存する遺体は損傷も激しく、身元はいまだ不明とのこと。

かくして地球最後の蛍鑑賞秘境スポットは光とともに消失した。

――おしまい――
※お尻のほめ過ぎは用法容量をお守りください← 
「光あれ」

水もしたたる真っ白い豆腐がひどく焦った様子で煙草屋の角を曲がっていくのが見えた。醤油か猫にでも追いかけられているのだろう。今日はいい日になりそうだ。 ありがとうございます。貴方のサポートでなけなしの脳が新たな世界を紡いでくれることでしょう。恩に着ます。より刺激的な日々を貴方に。