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『ちーちゃんとかれはさん』

丘の上のまん中に、白くて大きな建物がたっていました。
その中庭に、太っちょの木が一本はえていました。
太っちょの木がいいました。

「オラオラ! はっぱども!
さっさと光採りこんでエーヨー運ばんかい!
太陽はんかて、いつまでも
照ってるワケにはいかんのやで!
陽がくれてまうわ!」

はっぱをかけられた はっぱたちは
夏のあつい陽射しの中、汗をカキカキ働きました。

たくさんの光をエーヨーにかえては
太っちょの木に送らねばなりません。

はっぱたちがヘーコラヘーコラ働いている間に
あっという間に秋がやってきました。
さむい冬はもうすぐそこです。

はっぱたちは冷たい木枯らしが吹くたび
「はぁ……」とため息をつきました。

せいいっぱい働いてカサカサになったカラダは
もうまともにエーヨーを運ぶこともできません。

「くぉら! いまため息ついたんはどこのどいつや!
まともに働くこともできひんくせに
いっちょまえにため息なんぞつきおって!
クビじゃクビクビ! この役立たずどもめが!」

そう怒鳴りちらした太っちょの木は
カラダをぶぉんっと震わせて
はっぱたちを振るい落としてしまいました。

バサッ!
バサバサバサッ!

はっぱたちは小さな悲鳴をあげながら
次々と地面に落ちてゆきました。

残るはっぱはあと1まい。

「ほぅ、なかなか根性あるやんけ」
太っちょの木が目を細めました。

「お願いです! もうやめてください。
ここを離れたら僕は行くあてがないんです!」

「んなもん……知るかッ!」

ぶぉんっ!

――と、太っちょの木が思いきりカラダを震わせた瞬間、
最後まで残っていたはっぱも
とうとう枝を離れ、はらりはらりと
地面に落ちてゆきました。

「がははははははは……!」

落ちてゆくはっぱを
太っちょの木の大きな笑い声が
どこまでも追いかけてきました。

乱暴に振るい落とされ、
仕事も行くあても失ったはっぱは、
みるみるうちに土気色に変わっていきました。

そこへ、赤いスカートの女の子がやってきました。
「うわぁ! すごい! たくさん落ちてるー!」

女の子は興奮した様子で、
落ちたはっぱの上を駆けたり飛んだり、
はっぱの雨を降らせたりして
ケタケタと笑っています。

放られたはっぱは、ひらひらと舞いながら
あっけにとられていました。
たった今、仕事も行くあても失い、
なにもかも終わったはずの自分と遊び始めた女の子が
不思議で仕方がありません。

「き、君……」
はっぱは我慢ができなくなり、
その女の子に話しかけました。

「あら、かれはさん! こんにちは!」
はっぱはドキッとしました。

自分はもう『はっぱ』ではなく、
『かれは』になってしまったことに気づいたからです。

「君は、どうして……僕みたいな
か、かれはなんかと遊んでくれるんだい?」

「うふふ、だってちーちゃん、
かれはさんだーい好きなんだもん!」

はっぱ――いいえ、かれはは、またドキッとしました。
でも、今度のはなんだか嬉しいドキッでした。

もう光を採りこむことも、エーヨーを運ぶこともできない
役立たずになった僕をどーしてこの子は
だい好きだなんて言うんだろう?
かれはにはそれがどうしても不思議で仕方がありません。

「僕はもうなんの仕事もできないし、
こんなみじめなカラダになってしまったのに、
どうして、君は大好きだなんていうんだい?」

すると、聞かれたちーちゃんの方が
不思議そうな顔をしていいました。

「どうしてって、かれはさんってすごくステキなんだもの!
特にそのハスキーな声が一番ステキ!」

「ハスキー?」

「うん!」と大きく頷いて、ちーちゃんはかれはの上で、
くるくる回ってダンスをはじめました。

カサカサッ!
カサカサカサッ!

「ほら! ね? 
カサカサ、カサカサって!
すごく気持ちのいい声! 
聴いてるだけで楽しくなっちゃう!
だからあたし、かれはさんだーい好きなの!」

もうカラダのどこをさがしても
水分なんかないはずのかれはの目から
ポロポロポロポロと涙がこぼれてきました。

それから、ちーちゃんとかれはは
だいの仲良しになって、
晴れた日は毎日のように遊びました。

ちーちゃんがはしゃぎすぎて転んだ日は
かれはがクッションになってあげたり、
北風の強い日は、寄り添って温めあったりしました。

ちーちゃんが、丘のふもとの街からやってきたこと、
ここにやってくる子は、
みんな“手に負えない子”なのだという秘密を聞いてしまったこと、
でも、ここの"せんせー"がとても優しくて、
ふもとの街に帰りたがったちーちゃんをいつも慰めてくれること、
夏には中庭の花壇いっぱいにヒマワリが咲くこと、
花壇の中できちんと咲いたヒマワリと、
種が迷子になって、花壇の外で咲いてしまったヒマワリと、
どっちも同じヒマワリだから、どっちも大事にしなきゃいけないこと、
かれはさんはいつか自分のカラダを地面さんのエーヨーにして、
また木の上に生まれてくること、
カラダは消えてもぐるぐると"いのち"は巡って、
"えーえん"なんだって、せんせーが教えてくれたこと……

とにかく二人は、いろんなお話をたくさんしました。

「えーえんっていうのは、つまりその……
いのちはずーっとある、ってことかなあ」

「かれはさん! すごい! うん、きっとそうよ!」

かれはは照れて、カサカサと笑いました。

そんなある日のこと、
中庭に白い服を着た大人の女性がやってきて
ちーちゃんにいいました。

「ちーちゃん、もう寒いから中に入りましょうね」

「えー、もっとかれはさんと遊びたいよー」

ちーちゃんはぶーぶー文句を言いながらも、
「またねー! かれはさーん!」と元気に挨拶をして
白い建物の中に入っていきました。

それからしばらく、ちーちゃんは中庭に姿を見せませんでした。


――それは、北風がとても強い日でした。

黒い大きな車がやってきて、
きれいな細長い箱を後ろに積むと
ふもとの街へゆっくりと降りていきました。

かれはは北風にたずねました。
風はみんなに噂を届けたり、広めたりするのが仕事だったので、
このあたりで一番の物知りでした。

「北風さん、いまの車はなあに?」

「ああ、あれかい? あれは"かそーば"へ行く車だよ」

「……かそーば?」

「なんだ、おまえさん何も知らないんだな。
ここはもう手を尽くしても助からない子が来るところだからな。
死んでしまったら、みんな"かそーば"へ運ばれるのさ」

「え……」

かれはは青ざめました。
手に負えない子がくるところだという話は
ちーちゃんから聞いて知っていたものの
その意味まではよくわかっていませんでした。

「い、今、運ばれていったのは、誰?」

「さてな、確かちーとか呼ばれてーー」

「う、嘘だ!!」

「嘘なもんか。せっかく教えてやったのに失礼な奴だな!」

そういって、北風はピューッと去っていきました。

「そんな……だって、あんなに元気だったのに。
なんで……どうして?
もっとたくさん話したいことあったのに……
またねーっていってたのに……
もう僕の上でダンスしてくれないの?
ねえ、ちーちゃん……くるくる回ってよ……
僕の声が大好きだっていってたじゃないか……」

かれはは無理やりカサカサ声を出そうとしましたが
出てくるのは、すっかり枯れてしまったはずの
涙ばかりでした。

「ちぃぃぃちゃぁぁぁあああああーーーーんっ!!」

かれはは大声で泣き叫びました。

――と、その叫びが天に届いたのでしょうか。
高い空からちらちらと
白い雪が舞い降りてきました。

「(かれはさぁん……)」
「……え?」

かれはは、ちーちゃんの声が
天から響いてくるように聞こえました。

「("いのち"はずーっとあるって、
かれはさんが教えてくれたでしょ?)」

「ああ、やっぱり!
 ちーちゃん! ちーちゃんなんだね!!」

「うふふ、カラダは消えても、
"いのち"はぐるぐる巡って
"えーえん"なんだもん……」

「ははは、そ、そっか……
うん! そうだよね!
ありがとう! ちーちゃん!」

ちーちゃんの返事はありませんでしが、
かれはは自分のカラダがスーッと
軽くなっていくのを感じました。

「あ……そっか、僕を迎えにきてくれたんだね」

かれははそういって目を閉じました。
目の裏ににっこりとほほ笑んだ
ちーちゃんの顔が浮かんだ気がしました。

どうやらかれはもまた
いのちをめぐる旅に旅立っていったようです。

真っ白な初雪がかれはの上に
優しく、優しく、降り積もっていきました。

(おわり)

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水もしたたる真っ白い豆腐がひどく焦った様子で煙草屋の角を曲がっていくのが見えた。醤油か猫にでも追いかけられているのだろう。今日はいい日になりそうだ。 ありがとうございます。貴方のサポートでなけなしの脳が新たな世界を紡いでくれることでしょう。恩に着ます。より刺激的な日々を貴方に。