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【ポケモンSVゼロの秘宝】情緒をめちゃくちゃにしてくるお姉さんのいるクソ田舎

 お尻が痛くなるくらいバスに揺られてようやく降り立ったキタカミの里は、「何もない」という言葉がぴったりだった。

 未知の土地、知らない他校の生徒に対するパルデアでの「宝探し」のような期待感を失うのには、バス停から村までの距離を歩くだけで充分だった。程なくして蒸し暑く汗でベタベタする気候にうんざりするし、立っているだけでむしポケモンが寄り付いてくるのは思ったより不快なことなのだと知った。棚田を越えた先には民家が並ぶばかりでカフェやアパレル店もなく、唯一あるのはお世辞にもオシャレとは言い難い手編みの手袋や靴下を販売しているおばちゃんの売店だけだ。

 僕らを案内する里の管理人のおじさんが「この里で一番新しい建物」と自慢げに語った公民館はなるほど立派な建物だったけど、里の風土にそぐわないハコのような施設だった。ロビーではやたらと小洒落た観光PR動画が延々と流れ、そのディスプレイの横には地域のダンス講座やカラオケ教室のチラシが湿気をはらんでヨレヨレの状態で並んでいる。戸締まりがルーズなのか、宿泊する部屋には野生のむしポケモンが入り込んでいたので窓を開けて追い払った。

 「都会で流行っていると聞いたので」と言われておじさんからロトりぼうを渡されたときも冗談で言ってるのかと思った。引率の先生の顔も引きつっていた気がする。ロトりぼうなんて流行るも何も、とっくの昔に知れ渡っているものだ。

 村の集会所と観光案内所のいいとこどりをしようとしてちぐはぐになってしまってるように見える公民館と同様に、村そのものも観光(に耐えうる)場所を整備していながらも、外から来た人を招き入れるような気運が見られない。その中途半端さもまた、林間学校に相応しい清廉な場所を期待していた僕を肩透かしにさせた要因だった。

 しかし、なにより僕がガッカリしたのは、林間学校に選ばれた生徒に友人が一人もいなかったことだ。

 アカデミーはマンモス校だ。選ばれた生徒の中に仲の良い友人がいるのをひそかに期待していたのだが、エントランスに集められた生徒の中に顔見知りはいなかったし、僕の場合、宝探しに夢中で部活に入っていなかったことも拍車をかけた。一部の授業では合同で受けることもあるものの、基本的には学年が違えば接点も少ない。そう言うわけで今回は見ず知らずの生徒と一緒にオリエンテーリングを受けることになるのだが、パルデアを発つ時点で既に気が重くなっていたのは事実だ。

 唯一の希望だったブルーベリー学園の生徒も、やたらと突っかかってくる姉と妙におどおどしている弟の姉弟の二人しかおらず、これもまた僕の失望感に拍車をかけた。この里の出身らしい二人もまた林間学校にあまり乗り気でないようで、言動の節々から伝わるその余所余所しさは、どうもこの里土地特有のもののように感じる。

 生徒同士の顔合わせと明日からのスケジュール確認で林間学校の初日は過ぎていき、妙に味付けが薄い夕食を終えると今日は解散となった。ロビーでは明日から始まるオリエンテーリングに備えて生徒たちが談笑していた。といってもここにいるのはうちのアカデミーの生徒だけで、例の姉妹は里の実家へ帰ったようだ。僕は会話の輪に加わる気にならず、そっと公民館を抜け出した。

 日が傾いたことで暑さは和らぎ、外は幾分か過ごしやすい気温になっていた。改めて里を見渡すと、若い人も居るには居るものの、お兄さんやお姉さんも退屈そうな田舎の生活に飽き飽きしているのか、はっちゃけた髪型やメイクをしており人相が怖い。林間学校のことなどどこ吹く風というように、誰しもが近々あるらしい祭りの準備に浮かれているようだった。ポケモンセンターのお姉さんも暇を持て余してるのか平然とスマホを弄っているし、里にやってきた当初も感じたが、どうにも外からやって来る人を歓迎する雰囲気ではない。

 本当はパルデアから連れてきたポケモンにも外の空気を吸わせてあげたかったが、留学生という立場上、あまり目立つ行為をするのははばかられた。ここがパルデアなら気ままにテーブルを広げてピクニックしてポケモンはしゃぎ回れるのに、と思った途端、不意に懐かしさが込み上げてきた。

 活気のあるアカデミー。眠ることのないハッコウシティの夜景。ナッペ山山頂の絶景。広大なオリーブ畑。ギラついた陽射しのロースト砂漠。どこまでも広がる景色。色鮮やかな自然。美味しい料理。そして「宝探し」で得られたかけがえのない仲間との日々。

 パルデアであれば何処へでも誰とだって自由に冒険ができた。ここはそうではない。人も土地も息苦しく、胸がつまりそうだった。やって来て一日も経っていないというのに、僕の胸の内では故郷へ帰りたい気持ちが抑えきれなくなっていた。

 時刻はもう夕方で、遠くまで出かける時間はない。それでもロビーで時間を過ごしたくはなかったので、僕は公民館を背にして歩き始めた。

 物々しい一眼レフカメラで村の景色を撮っている女の人を見かけたのは、公民館が見えなくなり、村の外れに差し掛かったところだった。おへそが丸出しのタンクトップにダメージジーンズ。ショートヘアの毛先にはメッシュが入り、ショルダーポーチを背負った快活そうな出で立ちは、どこか野暮ったい村の住民と比べて垢抜けていて、明らかに周りから浮いている。

「お、なんだなんだ、気付かなかったよ」

 カメラから目を離した女性がこちらの気配を察して振り向いた。そこで僕はあまりの不自然さに思わず立ち止まってまじまじと見つめてしまっていた自分を少し恥じた。

「ごめんなさい、何をしてるのかと思って」
「キミは……ええと、そうだ当ててあげよう!」

 女性は頭にげんこつを当ててグリグリやってしばらく考えると、ぱあっとした表情で言った。

「パルデアからやってきた林間学校中の学生クン!」
「……当たりです」

 自慢ではあるが●●●●●、自分はパルデアリーグを勝ち抜いたチャンピオンランクのトレーナーなのだ。ガラル地方のチャンピオンダンデのように、海を渡った先でも名声が届いているかも――という淡い期待はガラガラと崩れ去った。

「ふっふっふー! 狭い村だからいろいろとね、耳に入ってくるんだよ」

 僕の気持ちなどつゆも知らず、彼女はカメラを弄びながら、目を細めて笑った。得意げな顔だ。夕暮れの風がそよと吹いてそのメッシュの入った髪を撫でていった。

「私はサザレ。ちょっぴりカメラ好きな旅の者さ」

 ちょっぴりカメラ好きと自称するにはかなり入れ込んでいるようには見えると思いつつ、僕も同じように名乗り返す。パルデア地方、アカデミー、林間学校ね、ふむふむ、と何やら得心した様子だったが、サザレと名乗った女性が何を考えているのか分からなかった。

「こっちは相棒のガーディ。頭のツノがキュートでしょ」

 紹介に預かったガーディは僕を見上げてぐふん、と鳴いた。なんだか僕の知ってるガーディと姿が違う気がする。パルデア地方で見かけるガーディといえばもっと忠犬然としていてシャキッとしたイメージだが、目の前のこのガーディは体毛が長く、火山灰のような独特な臭いがした。

「いきなりで悪いけど写真撮らせてもらってもいいかな」
「やです」

 断ったのにも関わらず、サザレは何度もシャッターを切った。抗議の意を示すためにわざとむくれた顔をして彼女を睨んだが、あまり効果はないようだ。

「なんだかキミって新鮮で面白いね。写真撮られるのは嫌い?」
「あなた以外の人に撮られるのは好きです」

 言うねえ、とサザレは笑って、もう一枚僕の写真を撮った。

「私はしばらくこの村を拠点にしてるからさ、やるべきことが終わったら声かけてよ」
「……別に今からでもいいですよ」

 僕のぶっきらぼうな返答にサザレは目を丸くした。いちいち表情が大げさな人だなあ、と思う。

「いやいやダメでしょ、林間学校中だし。何か課題とかやらないといけないんじゃないの?」
「今はそういう気にならないんで」

 率直な気持ちだった。正直僕は林間学校に来たのを後悔していた。例え先生に怒られてもいいからオリエンテーリングなんか投げ出して、何処かへふらつきに行ったほうがずっとマシだと思っている。パルデアでは諸々の事件や騒動を解決してクラベル校長から何度もお褒めの言葉をいただいたのだ。ちょっと抜け出す程度なら大目に見てくれるだろう。

 あるいは、見知った人がいない環境のせいかもしれない。このキタカミの里では僕はチャンピオンランクの優等生ではなく、ただの林間学校に参加した一生徒でしかないのだから。

「ダメだぞ学生クン。学生の本分は勉強なんだから。課題がひと段落着いたら教えてよ」

 僕の顔を覗き込むサザレは、真剣な眼差しだった。その澄んだ瞳に込められたものは、友達や先生、母親が僕に対して向けるものとも違う気がした。そう感じた途端、何だか温かいものが注がれたかのように、安心感のような居心地が心を満たした。

 不思議なことに、サザレにやんわりと諭されただけで、今までの不貞腐れた感情がひどくちっぽけで子どもっぽいものに思えてきて、林間学校に対する反抗の態度は急激にしぼんでいった。

「キミならチャチャッと片付けられそうだし!」
「会ったばかりなのに、僕のことが分かるんですか」
「全然分かんない!だからまた教えてよ!」
「分かりました、分かりましたよ」

 屈託のない笑顔に気圧されながら、僕はサザレと別れた。本当はもうちょっと話をしててもいいかと思ったけど「そろそろ戻らないと門限に間に合いそうにないな」とまで考えて、どこまでも不良になり切れない自分に苦笑する。

「走れー、学生クン。時間は有限だぞー?タイムイズマネーってね!」

 バイバイと言うように無邪気に手を振るサザレに見送られて、僕は公民館へ踵を返した。

 ――変な女性ひと

 彼女のことを思い返しているうちに、いつの間にか耳が真っ赤になっているのに気付いた。一体いつから?サザレには気付かれなかっただろうか?そもそもどうしてこんなに熱くなっているんだろう?

 汗ばんでいた手をズボンの裾で拭く。ともかく、明日からオリエンテーリングが始まる。ここまで来てしまったものは仕方ない。せいぜい林間学校を楽しめるよう努力しよう。あの姉弟だって顔を合わせたばかりなのだ。話してみると案外気が合うかもしれない。

 林間学校への気乗りしない思いはいつの間にか何処かへ吹き飛び、胸の内は未知への期待感でいっぱいになっていた。けれどもそれは当初思い描いていたそれとは別種の高揚感のようなもので、興味の対象もまた林間学校から別のものへと移ったことに気付くのは、しばらく後のことだった。



(続かない)


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