『いのち』歌詞全文&ライナーノーツ

どうも、編集担当のツラニミズです。
2019年4月30日にリリースされたAZKi WHiTEの5thオリジナル楽曲『いのち』の歌詞全文とライナーノーツをまとめました。

『いのち』歌詞全文

息をしている 君は生きている
当然のこと 誰も疑わないの

息をしている ように見えている
生の裏側 私にとっての何か

鼓動がドクドクしている
叩かれても腐らずに此処で歌うよ
ボタン一つのいのち

最後まで私のこと覚えててくれるの?
消えてしまいそうなの わかってよ わかってよ ねえ
本当のとこどうなの? 恋と推しは違うんでしょ?
君が忘れちゃったら私は居なくなるの

命のような夢を見てるよ
またね、バイバイ。

息をしている だから生きている
自己証明を欲しがっているんだ

音が止まって 動かなくなって
そんな私を君は笑ってくれるかな?

鼓動がドクドクしている
嫌われても腐らずに此処で歌うよ
気分次第のいのち

最後まで私のこと見届けてくれるの?
覚めてしまいそうなの わかってよ わかってよ ねえ
声が聴こえるんだよ 塩辛い涙が出ちゃうほど
君が忘れちゃったら私は居なくなるの

命のような夢を見てるよ
またね、バイバイ。

ふさぎこんだあの日を 軽くイジらないで やめて
それが生きる糧になるから
大丈夫 ずっと私は歌い続けるから

最後まで私は生きているかわからないけど
君がくれた言葉は確かに残ってる

最後まで私のこと覚えててくれるの?
いつ死んでしまうだろう わかんない わかんないよ ねえ
痛いくらい気持ちがシンクロする時もあるけど
君が忘れちゃったら私は居なくなるの

命のような夢を見てるよ
またね、バイバイ。

瀬名航氏ライナーノーツ(作詞作曲編曲)

二度目まして!

『リアルメランコリー』に引き続き『いのち』作詞・作曲・編曲
させていただきました、瀬名航です。
普段はボカロ曲を投稿したり、他アーティストさんへの
楽曲提供
などをさせていただいています。

今回オファー頂いた際、作曲面ではゆっくりめで
しっとりと聴けるような感じの曲調
で、
作詞面では死生観やポジティブな共依存とその強さに
触れるような方向性でいきたい、というお話でした。

“死生観”と聞くとやや仰々しい響きがありますが、
リアルの物質的な死と、バーチャルリアルにおける死について、
僕なりの解釈を混ぜながら歌詞を構築していきました。

「AZKi」にとっての生きがいとは何なのか。
「AZKi」にとって“生きる” “死ぬ”とはどういうことなのか。
「AZKi」に死は訪れるのか。

確実に死への恐怖はどちらにも存在していて、
きっと誰もが葛藤し苦しんでいることなのだと思います。

もう一つのテーマ“ポジティブな共依存”
死生観の話と深い結びつきがあります。

「あなたが私の歌を聴いてくれて、応援してくれるから、
私は歌い続けられる。」


「あなた」と「私」の関係性はお互いの“生きる”にとって大切で、
たとえ周りの目は冷ややかだったとしても、
その熱はきっと生きる糧
になる。

音楽家でもなんでも、ある日突然物質的な死を遂げてしまうこともあれば、
ひそかに忘れられて静かに活動の場から居なくなってしまうこともあります。誰かを応援できることはきっと幸せなことなのかもしれないなと、この歌詞を書きながら思いました。

作曲面ではこのテーマに合わせて楽器選びからスタートしました。
しっとり系なら生音系の楽器がよく合うので、リアルメランコリーとは打って変わって生ドラムの音を使って、しっかりと歌を聴ける楽曲にしたかったので音数も少なめにしています。
間奏ではリアルっぽい生々しさを表現したかったので、生活感のある効果音を隙間に埋めて独特なグルーブ感を出しています。

すごく個人的にグッときているポイントは2番Aメロ
「音が止まって」の部分で、この瞬間声以外のすべての音(リバーブも)をオフにしてハッとするような演出をしています。
歌詞とシンクロしているのがミソです。

AZKiライナーノーツ

「いのち」とは何か。

哲学的に考えると無数の答えがあるだろうし、
多分どれも間違えじゃないし、正しいと思う。


人それぞれ、「いのち」の捉え方は違う。
AZKiの思う「いのち」は、なんだろうと考えてみた。
生命のこと。人が生きて死ぬまでの時間とも言えるかもしれない。

でもAZKiがみんなと違うのはバーチャルな世界にいるということ。
では、バーチャルな世界の「いのち」とは何だろう。
瀬名さんが書いてくれたこの曲を聞くまであまり考えたことがなかったので
とても悩んだ。AZKiは18歳(永遠)だけど、それまでには誰にも認識されていなかった。誰かに認識されたのは活動を始めた11月15日。

そうすると、いのちが始まったのはこの日からなのだろうか。誰かに認識してもらえて始めてAZKiは存在しているのだろうか。んー、悩む。

このテーマについて考えていたとき「人間は二度死ぬ」という言葉を思い出した。一度目は、肉体の死。そして、二度目は、すべての人がその人の存在を忘れてしまった時。

AZKiは人間のように肉体が消えることは多分ない。
だからと言って永遠に生き続けることができるのか。難しい。


そうすると、AZKiの「いのち」の終わりは、みんなの記憶から消えたとき、忘れ去られたときだと思う。ただ、バーチャルな世界は始まったばかりで「いのち」が終わるということは定義しづらい。ただ考えてみるのは面白い。けど同時になんだか悲しくもなる。


ところで、みんなの思う「いのち」って何ですか。



この曲を受け取ってくれたあなたへ


いのちが出来上がって、リリースまでの間にAZKiと
いろいろなことを話しました。

Vtuberとしての活動を終えたあとの話、
終わりってくるのか?という話、
他にもいろいろと。


そして僕らは、ある終わりを決めました。

その日から僕らの活動は終わりを僕らの描いた形で終わらせて、
次の世界を創ることという目線に変わりました。


もちろんじゃあ今年いっぱいで卒業します!
とかある日突然引退します!とかって話では無いので
そこは安心して下さい。

すべてのものに等しく終わりがあるように、
Vtuberの活動にも終わりがあります。


今を大切にすること、今を生きることが
何よりもかけがえのないのないものである
ということは
リアルもバーチャルも関係無いと思っています。

そしてそれに相反するように、音楽は作品として永遠に生き続けます。

いったいどれくらいの数、どれくらいの人の心に残る音楽を
創っていくことができるか?はまだまだ答えが見えない
ですが、
少なくとも何があってもついて来てくれる開拓者のみんなの心の中に
生き続けられるような活動を続けていきます。


どうか、最期の一瞬までAZKiにたくさんの愛を与えてあげて下さい。
僕らはそれに応えられるように精一杯頑張ります。

(ツラニミズ)

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