春は心身を崩しやすいと言うけれど

春と言う季節に浮かれ、煽られて安直に何か新しいことを始めたいと考え、そう言えば随分前に登録したきり放置していたnoteの存在を思い出し今こうして文字を打ち込んでいる。
とは言ったものの、何かテーマがあって画面に相対している訳ではなく完全に行き当たりばったりである。
なので何を書けばいいだろう。
ああそうだ。春先でこうして慣れないことをやろうと張り切りすぎたのか微妙に体調を崩している。
……いざ初めての記念すべき初noteが体調不良の話とか全く景気が悪すぎるがろくに書くことがないのでとりあえずこの話題にする。
ちょっと前まで自分は比較的身体は丈夫な方だと勝手に思い込んでいたけれど、一昨年の年末に心身を人生で最大に崩してから、全く健康と言えなくなってしまった。
この話はまた別の機会に書くとしても、それから毎日どこかしら調子が悪い日の方が圧倒的多い。それは所謂自律神経から来ているものなのであるが、まあそれでも去年の今頃に比べれば大分、相当マシになった。
去年は本当にヤバい状態で、具体的に上げると肩から背中の染みるような痛み、もしくは人間であることを忘れるような異常な肩こりでその痛みや不快感によってメンタルもさらにやられると言う悪循環であった。
肩凝り、痛みなどと書くと多くの人が経験してる症状であり、大したことないように感じるかも知れないし、私も肩凝りや痛み程度は人生に於いて何度もあるが今回のはとにかくヤバい。
ギリシャ神話の中のメデューサに見つめられた者は恐怖のあまりそのまま石化してしまうと言う話を聞いたが、あの石化をリアルに体験しているような気持ちになった。
肩の皮膚の表面より僅かに下の神経回路が固まっていく感覚があり、実際そういう表現しか出来ない。何かのきっかけで一瞬だけ緩み、昔のように普通の状態になることもあるが、そんな喜びは10秒持たず、首の後ろから拡がるように両側の肩に向かって固まっていく。まさに石化の体感であり、恐怖だった。こんな経験は生まれて初めてであり、そしてそれは一向に治る気配を見せず、先の見えない恐ろしさと不安に絶望感で一杯だった。
後、痛みがない時は代わりにこれもまた言葉に言い表せない妙な眠気が全身を覆いつくしてまともに生きている感覚さえ味わえない。しかも単純に眠気なら少しでも居眠りすれば楽になりそうだが、この奇妙な眠気は眠たいのに眠れるようなものではないのである。それがものすごく気持ち悪く、しんどかった。肩の神経の石化と同じくらいこれは辛くて、やはり暫く治る気配もなかったからもう本当に絶望。ネットでありとあらゆる解決策になりそうなことを検索したが、いまいち自分と重ねてこれだ!と安心できることもなく、もう毎日が生きているのか死んでいるのかわからない状況だったと思う。とにかく


辛かった。


それと比較すると今年はだいぶ楽である。眠気もほぼ気にならない程度には軽減されたし肩も最悪時を10とすれば1程度にはなった。とは言え一年を過ぎても肩の石化は完治した訳ではない。もう一生ものとして付き合っていかなくてはならないのかも知れない。
それでもここまで来た。
私はこれらのせいで、自分の身体の不調にやたら敏感になったし、はっきり言って過敏すぎるのも自覚がある。
けれど、昨日が当たり前のように今日に続いていくことはないのだ。それは悪いことにも言えるが、いいことも同じだ。
明日どうなるかわからないことを心に刻んで、今日を生きなければと思っている。

去年のGW、やはりまだ体調の悪いのを押してそれでも日々を大事にしたくてバラ園に行ったり、オーケストラを聴きに行ったり、某イベントに行ったことを思い出す。
今年は去年よりは体調の懸念がだいぶ減った。今年のGWも楽しもうと思っている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?