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今、混沌とした時代に、音楽が、

混沌とした時代です。

トイレットペーパーの我が家の在庫、残り2ロールを切りまして、はしごして見つけて買ってきました。残り3パックしか並んでいなかったうちの1パック。

頭ん中でこんな曲が流れました。

♪誰かの願いが叶うころ、あの子が泣いてるよ♪

宇多田さん…あなたのおっしゃる通りです。私が買えば、どこかの誰かが買えずに涙するわけで。でも私、買いました。だって最近主人がお腹を下し気味…。ゴホン、大変失礼…。苦笑。そんな主人のために心を鬼にして。


そういえば、今回の混乱で、ドラッグストアの店員さんがこんなことをつぶやいたそうです。

「今まで笑顔だったお客様が、全員鬼に見えます」

鬼、かぁ…。買えなかったどこかの誰かからしたら、私も鬼。でもね、人は、誰かのためになら、鬼になれちゃうのです。買い占める人にも、きっと守りたい人が、困らせたくない人が、いるんだと思うのですよね。守りたい人がいるってそういうこと、だから仕方ないことなのかもなぁって、そんなことを考えていたんだけど。

家事してる途中にふと思い出して、松崎ナオさんの『川べりの家』を聞くことにしました。この曲にはこんな歌詞があってね、

♪幸せは 守るのではなく わけてあげる♪

聴きながら、まさにそうだなぁと、じわーっとしたのです。そう、分け合えば、鬼にならなくてすむんだ。なんてね、思ったわけです。


私、こんな風に、これまで聴いてきた音楽たちに、自分の在り方を考えるきっかけを沢山もらってきました。これまで聴いてきた音楽たちが、自分を客観的に見る視点持たせてくれて、自分を省みることを、誰かの気持ちを想像することを教えてくれてきました。

そして、今みたいな不安が拭えない日々にこそ、音楽はその真骨頂をみせるのです。力を最大限に発揮して、私にどう在るべきかを教えてくれる。今、この混沌とした時にこそ、いつもより増して音楽に耳を傾けたいと、そんな風に感じるのだけれど…。


音楽は、社会に何かあると、真っ先に、影響を受けてしまう。

音楽は、社会に何かあると、真っ先に、披露する機会や場所を奪われてしまう。

そして、歌をうたったり、音楽を奏でる人が、心を痛めてしまうのです。


でもね、私、社会に何かあるたびに、そんな人たちが作ってきた音楽にすごく助けられてきました。そして、その音楽たちは、今も…今こそ、私に響いて、届いて、力をくれています。だから、そんなに心を痛めないでください。そして、わがままを承知で、こんなお願いをしたいのです。どうぞ、次の音楽をまた作ってください。


♪有識者曰く、「混沌とした時代」になりましたが

この宇宙の源泉は混沌だそうで

今更なことじゃないようです♪

こう歌って気付かせてくれたのは、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの『アネモネの咲く春に』という音楽でした。

そう、混沌は終わらない。今の騒ぎが収束しても、また次の何かが起こる。そのくり返し。そうやって、わたし達はここまで命を繋いできました。きっとまた、すぐに、別の何かが起こってしまうんだろう。でも、何が起こっても、これまでそうだったように音楽がそばにいてくれるだろうことが、この混沌の時代を生きる希望になっています。

これまでの音楽とこれから新しく生まれる音楽が、私のそばにいてくれますように。

今、混沌とした時代に、音楽が、私のそばにいてくれるように。


#春は必ず来る















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