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【感想】空の少年兵戦記 灯

こちらは予科練の聖地、土浦海軍航空隊で教官をされていた倉町秋次教官の本です。
主に予科練を巣立った搭乗員達が自分や戦友の戦いぶりを教官に話す口伝スタイルで語られる戦記で、予科練の事も多く書かれています。

戦中の大ベストセラーですが
GHQより焚書された作品でもあります。

…はてさてGHQの焚書基準とは?
日本国万歳の軍国主義推し推し本だったのだしょうか?

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全体の印象

戦記なので戦場で撃墜されてゆく戦友の機を見届け、黙祷を捧げるなど…辛い描写もありますが、過剰にドラマティックな表現で飾り立てているわけではなく、どちらかというと淡々としていると感じます。

教官と予科練生達、その親達の、互いへの慈しみ溢れる描写は印象深く、
温かくて時々ホロリと来て…ほのぼのとも言え、戦争なのに健全な教育図書を思わせるものもあります。
「ハワイマレー沖海戦」や「決戦の大空へ」の映画に似た戦時創作独特の空気感です(分かる人にしか分からない例え)。

しかしそれは、まさにこれが書かれたその時にも起きていたであろう事であり、飛行兵を養成する現場に居た教官の書くものですから全くのドキュメンタリーとは言えないまでも、やけにリアリティーが漂っているのです。

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「特攻」の片鱗


ハワイ・マレー沖戦、珊瑚海海戦などの戦いぶりの他、完全な負け戦となったミッドウェイ海戦などについても、言論統制下だけに水増し戦果そのままで描かれています。
その際、艦橋に突撃し最期を遂げたという説明があります。
現場を見た者が教官に告げることなどできたかどうかは疑わしく
倉町教官の理想を込めた描写では?と予想してしまうのだけど、

この飛行兵の話以外でも、搭乗員が自分機の被害を帰還不能と感じた瞬間に、反射的に突っ込む場所を探す一節があり、
この本物の「決死」の覚悟は飛行兵(あるいは日本兵)の持ちあわせていた共通の意識であるのが伝わります。
「最期の突撃」は全力を出し尽くし、もはや戦えぬとなった際に刺し違えて敵を葬らんとする武士道の教えによる散り際と言えるでしょう。
この観念が末期の一億総特攻へ繋がってゆくのが想像されます。

敵国への憎悪の言葉、恨みを煽るような表現はほとんどありません。

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「お母さん」と叫んでも全然悪くない


本のラストは飛行兵が死の際に「お母さん」と呼んだエピソードであり、
その気持ちが深く考察されています。
著者は母を呼ぶ事で死の痛みが和らいだのだと綴っており、
彼の思慕の念に深く思いを寄せる形で締めくくっていました。

軍国主義は血も涙も無い時代ではなかったか…特に軍人ともなれば
死に際に天皇陛下ではなくお母さんと呼ぶなどあるまじきこと
…と、思いきや、
そうでもなくて尊い事として書かれているのです。
「倉町教官は文官らしからぬ厳しい人で慕われた」と卒業生の著書に書かれています。
予科練生は甘いだけの教員を尊敬しない傾向があり、倉町教官は血の通った厳しさを持っていたという事でしょう。
そういう所が共感を呼んでのベストセラーだったのかもしれません。

予科練出身の特攻隊員の多くは予備学生の隊員ほど遺書の中で率直な感情や生への執着を表現していません。
若くして予科練に身を置いた彼らの方が、恋人もなくて、
母への思慕の念が強かった事を倉町教官は知っていたでしょう。
恐らくは予科練で叩き込まれた軍人としての自覚が
サイレントネービーを完遂させた可能性も高いと思われ…
教官の教え子達に対するいとおしさが伝わってます。

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焚書の理由

この本は戦記というか、日本人精神の内観に誘うのがテーマなのではと思います。
過去の日本人達は、大和男児の至上の価値観として「武士道」に心惹かれ、
しかしそれが理想と言っても、誰もが簡単に実現できる道ではなかっただろうから、
飛行兵を目指す少年達にとっては、この本のある種実用書的な性質もウケた理由なのかもと思ったりします。
この本の影響で予科練入隊を決めた少年も居ました。

GHQの焚書の理由は好意的な見方をすれば
若者を軍国主義に誘うプロパガンダ書籍として焚書してくれた…
と取ることもできますが、
若い彼らの自己犠牲の精神に心打たれた日本人が、
彼等を誇り後世に語り継ぐことを阻止したかった…
と考える方が現実的だと私は思います。

特攻隊員をテロリストと呼んだり、
彼等に感謝する事すら戦争賛美と感じる人もいて、
戦争は相手国あっての事なのに、
自分の先祖の責任のみを強調して勝手に反省する人がいる点で
焚書の効果はあったと言えるでしょう。

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戦後倉町教官の書いた『豫科練外史』は予科練生の当時の日記がそのまま引用され非常に資料価値が高いです。
残念ながら執筆中亡くなられ未完となりました。



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