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【小説】未来に響く

100以上の呼吸が聴こえる。
空調の効いた部屋の中で汗の流れる音が聴こえる。
第70回全日本吹奏楽コンクール高等学校部門。娘の高校生活最後の演奏が始まる。

チューバ、ユーフォニアムに支えられ、娘の演奏するコルネットが躍る。
小学生から始めて10年。人生の半分以上を共に過ごした楽器との晴れ舞台で、堂々と演奏する姿を見ると、感慨深いものがあった。

君が生まれた日、分娩室で君に初めて会ったとき、涙が流れたのを覚えている。
何かを探すように泣く君がどうしようもなく愛しくて。
君に触れようと手を伸ばしたら、君が手を動かして手の甲が僕の手に当たった。小さな爪はまだ柔らかかった。

小学校の入学式の日、涙が流れたのを覚えている。
手をつないで門の前で写真を撮った。生まれたときに小さく柔らかかった爪は、少し大きく、硬くなった。

初めてコルネットを演奏した日、涙が流れたのを覚えている。
音が出た瞬間に君が笑顔になった。僕も笑顔になった。

中学校の最後の吹奏楽コンクールの後、涙が流れたのを覚えている。
一つ間違えてしまったせいで賞がとれなかったと泣く君からもらい泣き。

そして今、涙が流れるのを感じている。
コルネットの優しい音色、真剣なまなざし、踊る指に光る爪。
未来に向かって響く音。

大きな拍手がホールを満たす。
演奏を終えたステージ上の君と目が合った気がした。
また涙が流れた。
僕はあと何度君に感動して涙を流すのだろうか。

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cofumi(こふみ)さんとのコラボ作品です。

私の思い付きの発言を受け、やりとりの末にこの作品になりました。

ショートショートのはずが、不思議な物語を思いつけなかったのでこんな作品になりました。
SSとしか書かれていなかったので、ショートストーリーということでお許しください。笑

コルネットという、あまり音楽をやらない方には馴染みの薄い楽器を課題の言葉に選ばせてもらいました。
私、コルネットの音が柔らかくて好きなんです。
トランペットとほぼ同じ楽器なのですが、管の形状の違いからコルネットのほうが柔らかい音になります。
その柔らかい音が好きです。

2021年の締めくくり、そして2022年、未来に皆様に柔らかい音色が響きますように。

伝え合いましょう。気持ち。