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仕事が趣味。趣味が仕事。似ているようで全く違う?

こんにちはふーきです。
仕事が趣味?趣味が仕事?
この違い、なんだか分かった気がします。

今日は撮影で1日現場を回っています。
そんな中、現場のスタッフの方に声をかけられて
話をしました。

「この時期、〇〇高原が綺麗ですが、
            撮影に行きましたか?」
そう聞かれて。
あれ、僕
最近プライベートでは、カメラを握っていない。
プライベート?そもそもその時間はどこにある?

趣味だった写真でお金をもらえるようになり、
そこから20年。いつもお客様やスタッフのことを
考えていると、やらなければいけないことが多々あり、趣味が仕事。そうなっているはずの自分が、
何か変わっている。そんな風に思い。
自分が感じる疑問を突き詰めてみようと書いてみます。

小さな頃から写真が大好きだった

小さな頃から写真が好きで、
初めて一眼レフを覗いたあの感覚は忘れない。
目で見ている世界と全く違う。被写界深度。
楽しかった。
毎日工夫したり、撮り方考えたり。
カメラマンを目指すより
好きな写真を上手くなりたかった。

19歳の時に地元で写真の勉強をさせてくれる企業に
入ってからもロウソクを撮ったり、動くものを追いかけたり。日常を撮ったり。
フィルムだから現像が楽しみで☆
その時間も楽しかった☆
そんな自分が師と出会い。
本格的に仕事にしようと決意した時が23歳くらいでした。

今うちにいる子が同じ23歳の頃。可愛いね!笑

趣味が仕事

下積み時代は、師匠のライティングをノートに書き出し、テストしたポラロイドをもらい貼り付けて、
を繰り返していました☆
いつしか自分がカメラを握り
自分の撮影した写真を評価してもらい、
お客様が喜ぶ顔が幸せだった時期。
この時も写真のことばかりを考えていました。
当時、家でも会社でも写真三昧。
今思うと、それは全て
自分のためだったのかもしれない。
もちろん結果喜ぶ人がいるから、
人のためでもありますが☆
仕事が終わりスタジオが空いたら
一生懸命イメージして、紙に起こした
ライティングを組み友人を呼んでは作品撮りと
称して楽しんでいました!

当時23歳、トイカメラで同僚が撮影してくれた写真


趣味が仕事を超えたワケ。
それは仕事が趣味に変わった。

今思うと自分が今の生き方になった始まりは
開業して2年目に、僕のブログを見たと、
1人の若い男の子が募集もしていないのに。

「ブログをみました。写真を覚えたくて、写真を教えてください。」

そう言って訪ねてきた。あの時からだと思います。

当時、結婚と子供、開業が重なり。
さらには下積みした地域と違う商圏の
地元で開業するという、暴走をしたため、
(妻の開業の条件も最初から会計士を雇うという約束)

お客さんもいなく、お金もないので
一年目は死に物狂いでしたので 笑
休みも、朝も夜もなく、営業したり、撮影したり 笑

なんとか一年目に1000万の売り上げを達成し
2年目には1400万まで行きました。
これが地方の無名フリーカメラマンの限界なのかも
と感じるくらい撮影しましたし、休まなかったです。
本当に楽しかったから、
そして子供の存在も大きかったです。

なんとか独立が上手くいった。そんな時だったので
彼を採用して一緒に働く事になりました。
彼は写真の経験は、趣味の部分で、企業などの撮影は
もちろん0からの教育でした。

僕はそこから自分の撮りたい写真ではなく、
誰かを育てるという考えにシフトしました。

写真を学びたい。そんな人に教える事、自分が世の中のために教育として考え始めた時期、
気がつけば誰かのために、目の前の人達のために動く
そんなふうに仕事に追われ始めた時でした。

何を大切にしてどこに向かいたいのか。

そこから僕は2名のカメラマンの独立を応援し、
今は最後の1人と決めた人と歩んでいます。
その中で過ごした12年は本当に1人の時とは違いました。大切にしないといけない部分が変わりましたし、
自分を出しすぎるより、仲間を出すことを覚え、
空いた時間も、毎日人のことを考えていました。
写真のことを考えるのはもちろんですが!
どうしたらわかってくれるかみたいな!汗

いつまでも好きな写真を続けるためには
僕のような人間にできることは。
守るもの、その中でも夢を形にするとは、

いつか先輩に言われた言葉があります。
「自分ができるから、誰かができるを作る。
    それでこそ一人前のカメラマンだ」

自分が師から教わっているときに大切にしていた。

【守破離】しゅはり

元は千利休の教えを和歌の形にした『利休道歌』(『利休百首』ともいう)に収められている一首、「規矩作法 守り尽くして 破るとも 離るるとても 本を忘るな」に由来するといわれています。
これを簡単に言い換えたものが以下の文です。

「決まりや作法を守り身につけ、改善・改良のために型破りをしても、元の型から離れて新たな型を創造したとしても、基本の型を忘れてはいけない」

つまり、基本を大切にしなさいということですね。守破離の言葉が表す通り、独創性は大事ですが、いきなりオリジナリティを出しても思ったような結果は得られません。あらゆる物事には順序があります。段階的に少しずつ進化していくこと、そして常に初心を忘れず基本に忠実でいることが重要なのです。

この二つは時代に合ってはいないかもしれませんが
今でも大切に頭にあります。


今やるべき自分の立ち位置はここで合っていると
そして今の時代で僕にとって大切なのは、
今ある、守るべき、家族や仲間、信じてついてきてくれてるうちのカメラマン。
このみんなが同じように豊かになる事。
そう考えると、やはり仕事が趣味。
そういう自分でいいと思える。

趣味を仕事に!に戻る時とは?

僕が目指すものは少しずつ見えてきてるんです。

少ない人でも、誰か人を育て、
みんなを笑顔で送り出し。
身近でも、周りの人を喜ばせ。
家族を守り。
初めて次なるステージを目指す。

僕は今改めて本当に写真が好きだと気がつきました。

でもすごく辛い事多くて。自分の好きが、初めて誰かのために頑張るに代わって、
実力もない自分が頼られ、やらなければいけない立場に。会社も作り社長なんて言われて
もちろんその分の辛さはたくさん!

そんな時、野球のイチローさんの引退インタビューをきいて、自分は何も成し遂げてなく、比べるという意味ではなく、ただ何故か救われる言葉がありました。

やっぱり力以上の評価をされるというのは、とても苦しいですよね。だからそこからはね、もう純粋に楽しいなんていうことは、もちろんやりがいがあって、達成感を味わうこと、満足感を味わうことはたくさんありました。ただじゃあ、楽しいかっていうとそれとは違うんですよね。でも、そういう時間を過ごしてきて、将来はまた楽しい野球がやりたいなという風に、これは皮肉なもので、プロ野球選手になりたいという夢が叶った後は、そうじゃない野球をまた夢見ている自分が、まぁあるときから存在したんですね。でもこれは中途半端に、プロ野球生活を過ごした人間には恐らく待っていないもの、趣味で野球を、例えば草野球ですよね。草野球に対して、やっぱりプロ野球でそれなりに苦しんだ人間でないと、草野球を楽しむことは出来ないのではないかという風に思っているので、まぁこれからはそんな野球を、やってみたいなぁという風な思いですね。

おかしなこと言ってます?僕。大丈夫?
イチローさんのインタビュー

この言葉を聞いてなぜか泣きたくなりました。

これから僕が目指すものは。

趣味の写真を仕事に変えていく。
僕の夢。目指す形。

あと少し。

趣味を仕事にして、気がついたら仕事が趣味に変わり。

夢である自分の考える本当の

趣味を仕事に!

もう一度戻るためにこれからも頑張ります☆

長文になってしまいましたが、読んでくださった方いたら是非好きもしくはコメントください。
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