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喪失展

8月のある日、鈴木のもとに封筒が届いた。
差出人の名前は書かれていない。
封筒には蜜蝋で封がしてあり、手で持つと少し重量がある。
軽く振ると、中からはジャラジャラと金属が触れ合うような音がした。
こういった凝った真似をする知り合いは1人しかいない。

2年前、上司から紹介された高等遊民の少女だ。
明らかに年下なのだが、自分のことを「師匠」と呼ぶことを強要している。
有り余る財産を生かして上質なネタをくれるのだが、イタズラ好きで可愛げのない性格をしている。

鈴木は意を決して、封を手で剥がした。
床の上にコロコロと金属が転がる。
封筒の中には金・銀・銅と刻印された色違いの硬貨が3枚、それと手紙が一枚入っていた。
手紙にはQRコードが印刷されており、「スキャンしてね!」という言葉が添えられている。
メールでリンクを貼ってくれれば済む話なのだが、一手間加えるのが彼女の流儀なのだろう。
ため息を吐きながら、スマフォでQRコードを読み取る。

リンクを踏むと「すこしふしぎ展」と書かれたホームページに飛ばされた。
原色を多用した文字が、画面いっぱいに広がっている。
常人ではまず選ばない配色センスだ。

無駄に見辛いトップ画面をスクロールすると「プレオープンのご案内」と書いてある。
どうやら、イベント前の関係者に向けた招待状らしい。
あえて案内を出すということは、師匠も作品を出しているのかもしれない。
カネとヒマを持て余した少女は、どのような作品を作るだろうか。
鈴木は自分の中から好奇心が湧くのを感じた。
すぐに氏名・生年月日の欄に記入し、参加ボタンをタップする。
お盆は帰省の予定だったが、優先順位は変更だ。
ライターである以上、知的好奇心を眠らせてはならない。

数日後、鈴木は美術館の中にいた。
正四角形の建物で、大きな石を切り出したような外観をしている。
館内はお盆ということもあり、人の気配がしない。
入口も無人で、招待状のQRコードを提示すると入場ゲートが開く仕組みになっている。
廊下は大理石になっているせいか、靴音がよく響く。
鈴木は展示品も見つつ、館内を回った。師匠はどこだろうか。

それにしても不思議な展示会だ。
アート自体に統一性はなく、どの作品の前にも豚の貯金箱がある。
どうやら、良いと思った作品に硬貨を入れる仕組みらしい。
評価を決めるのは、お客というコンセプトなのだろう。
さらに、来場者が何度も作品を観れるように、中央の展示スペースはどのエリアにも繋がっている。蜘蛛の巣のような構造だ。

また、展示品はどれも「撮影可」と注意書きがされている。
SNS全盛の現代である。美もシェアすべきという考えなのだろう。

会場を一周すると、中央の展示スペースへ戻った。
ここは建物の中心であり、壁一面に大型LEDモニターが設置されている。
モニターにはレンガ作りの街並みと、街ゆく人達が映っている。
まるで、美術館と異国の街がモニター越しに繋がっているようだ。

そして、巨大なモニターの前には少女が立っていた。
白いブラウスとポニーテールで、こちらを見ながら手を振っている。

「ハッピーお盆」
いやらしい笑みを浮かべている。
帰省することを知っていて呼んだのだろう。男だったら腹パンの刑だ。

「ご先祖さまに会うのをドタキャンして、会いに来ましたよ」
嫌味には嫌味で返すのが礼儀である。

「まぁ、後悔はさせないから」
何か大きな仕掛けを用意しているだろう。謎で相手をかき回すのが趣味なのだ。
「取りあえず私の作品がどれか、当ててみて」
予想通りの展開である。
しかし、鈴木は館内を回る際、既に候補を見つけていた。

まずは、鮭の切り身をホルマリン漬けにしたモノ。
恐らくダミアン・ハーストのパロディだろう。

次は、人の顔が映ったモニター付きのダルマ落とし。
ダルマ落としの顔を木槌で叩くと、モニターに表示された顔が苦悶の表情を浮かべる。

最後に動物のパーツを繋ぎ合わせて作った標本。
鹿や熊など様々な生き物で作ったキメラだ。
雑な継ぎ目が、不気味さを演出している。

悪趣味な師匠のことだから、この辺りのセンスだろう。
すべてスマフォで撮影済みだ

「この3つのどれかですね」
早速、撮影した作品をスマフォで見せた。
「私の考えを読んでいたとは、やるようになったね」
若干、悔しそうな顔をしている。やられるばかりではない。
「このダルマ落としなんて、怪しいと思うのですが」
「うーん、そうね…」
アゴに手を当てて、首を捻る。
何かを考え込んでいるようだ。

「ところで、この作品はどう思う?」
話を逸らすように、師匠は大型モニターの作品に顔を向けた。
モニターにはこちらを覗き込む子供が映っている。
鈴木は手を振ってみたが、あちらからは返事がない。

「これは録画映像ですか?」
「だとしたら、何を表現してると思う?」

鈴木はモニターの真正面に立ち、じっくりと鑑賞を始めた。
街を歩く人の頭上には、リング上の数字がクルクルと回っている。
映像として変わっているのは、そこくらいだろうか。

「面白い作品だと思いますが、何を表現したいのか分かりません」
正直な感想を話したが、良い反応は返ってこなかった。
おそらく別の答えを期待しているのだ。

「とりあえず他の作品を観てから、私の作品を当ててみて」
「一日待つから、良い推理を期待してる」

残念そうな声でそう言うと、師匠は出口の方へ消えて行った。
何か気に触ることでもあったのだろうか。
「まるで分からない」
鈴木は、もう一度会場を回ったが、ヒントとなるものは見つからなかった。

その晩、彼はビジネスホテルで撮影した作品を見返していた。
モニターの作品は、師匠が作った可能性が高いだろう。
何かに気づいて欲しい様子があった。
スマフォで動画を再生していると、最初と最後に同じ青年が写っていることに気づいた。
撮影者だろうか?
頭上には8桁の数値が浮かんでいる。
鈴木は数字に見覚えがあった。よく見ると19950801など、西暦表示だ。
文字がリング状になっているせいで、意味に気付かなかった。
同時に疑問がひとつ浮かんだ。
製作者は動画に写っている人の生年月日を全員確認したのだろうか。
もし、全員がキャストでなければ、手間がかかっただろう。
ヒントを探すために、さらにコマを進める。
小さな違和感も見逃してはならない。
看板や、人の服装、何かヒントはないか。
車が画面を横切る。
画面を停止する。
もしかすると、ナンバープレートは国によって違いがあるのではないか?
鈴木の頭に1つの考えが浮かんだ。
疑問を検索バーに打ち込んでいく。
検索を進めていくうちに、答えは核心に近いものに変わっていった。
「これが答えなのか?」
深夜3時、鈴木は自分の出した答えに戦慄していた。

「確認したい事があります」
午前10時、鈴木は師匠にメールを送った。
真相はどうしても直接会って確認したかった。
「閉館後の美術館で待ってるよ」

日が落ちた頃、彼は美術館前に立っていた。
照明が建物の窓から漏れ、サイコロの目のように見える。
昼間には気づかなかったが、建物自体が作品なのだ。
鈴木は足早に中央の部屋へと向かった。
夜の美術館は昼間以上に、靴音が響く。
中央の部屋に着くと、モニターの前に師匠が立っていた。
黒いワンピース姿で、不敵な笑みを浮かべている。
「答えを聞かせて頂戴」
答え合わせの時間が始まった。
鈴木は大きく深呼吸をすると、昨晩気づいた事を語り始めた。

「まず、この作品を撮った場所は、東ヨーロッパですね」
師匠が頷く。イエスだ。
「そして、この街はもう存在しない。」

昨晩、地図検索ソフトで調査済みだ。
車のナンバーから推測される町は、数ヶ月前に空爆が行われていた。
「住民の頭上に浮かんだ数値を見て気づきました。作品のために空爆があることを知らせなかったのですか?」
鈴木は、彼女が作品のために町を犠牲にしたというシナリオを考えていた。
それ以外に彼らの年齢を調べる理由がない。
廃墟になった街と、墓標代わりになった頭上の数字。
この2点を結びつけて、鈴木は結論を出していた。
答えはどうだろうか。
倫理観と芸術性を秤にかけた時、芸術性を取る人間なのか。
鈴木は、師匠の顔色を伺った。
反応は意外な物だった。

両手で口元を隠しながら、肩を震わせていた。
「そこまで推理してくれるだなんて、制作者冥利に尽きるわ」
どうやら、答えは外していないようだ。
「でも不正解。作品の作者は私じゃない」

「良かった」
彼には何となく、作品と作り手のイメージがマッチしない感覚があったのだ。
「もしかして、最初に映っている青年が作者ですか」
ゆっくりと頷く。予想はしていたが、次の展開が予測できない。
「そう、作者は彼。でも仕上げたのは私」
少しだけ声のトーンが落ちた。
「ネタばらしをするね」

事の経緯はこうだ。
この作品は元々、異国同士の風景を共有するアートだった。

「元の作品名は『窓』別の世界を覗き見る作品」

彼の住んでいる地域は長年、領土争いで揉めている地域だった。
しかし、そこにも穏やかな日常があることを伝えたかった。
師匠は彼の作品のコンセプトが気に入り、購入を決めた。
しかし、購入直後に街は空爆で無くなり、彼のコンセプトは打ち壊された。

そこで、彼女は作品に手を加えることを思いついた。
「手を加えたのは頭の上に浮かぶ数値と、ライブ映像を録画に替えただけ」
静かな口調で答えた。

つまり、ひと手間加えるだけで、この作品に別の側面を与えたのだ。
普通に観賞する人には、異国を映すアート。
答えを知った人には、死者たちが生きていた平和な風景。
録画技術がある現代では、死者の生きた姿を観ることは可能だ。
しかし、頭で解っても喪失感を消すことはできない。

「ちなみに頭の上に浮かんでいる数値はデタラメ。見た目で推測した年齢を表記しただけ。天使の輪っかに見える演出」
「作品のために人を犠牲にするタイプと思われてたのは、ちょっとショックかな」
拗ねた口調で話を続ける。

「でも、この作品を見て、戦争を身近に感じられたでしょう」
否定はできなかった。
鈴木は作品を通して、初めて異国で起きている悲劇をリアルに感じたのだ。

「ちなみに、私の作品はコレ」
差し出されたスマフォには、人の顔をしたダルマ落としが写っている。
なるほど、三作品まで絞り込むところまで答えは合っていた。
しかし、強引にミスリードさせられたようだ。
よく見ると、ダルマの顔は鈴木に変えられている。

「結構苦労した力作なんだけど、どう?」
悪戯っぽく笑う。
「性格の良さが滲み出ていて、好きですよ」
話の落差に頭が混乱してたが、ツッコミをする余力はあった。

そして、鈴木はやり残していたことを思い出した。
ポケットを探り、硬貨を取り出す。
「まだいれてなかったの?」
師匠が驚いた顔で鈴木を見た。
「忘れてただけですよ。でも、入れる価値のある作品を見つけられた」
金・銀・銅、3つの硬貨を1つの貯金箱へ投入した。
「初めて芸術の必要性を理解できました。ホントに来て良かったと思います」
鈴木は彼女に礼を言うと、作品の前で合掌した。
今日はお盆だ。信じる神様は違っても、彼らも現世へ帰ってきているかもしれない。
亡くなった人のことを思いながら、鈴木は会場を後にした。

鈴木が会場を後にするのを師匠は静かに見守っていた。
今回はプレオープン。本番の展示会は、これからなのだ。
作品の意図に気づける人間は何人現れるだろうか。
お客さんの反応を想像しながら、彼女は静かに微笑んだ。
周りに誰もいないことを確認し、モニターの電源をOFFにする。

「流石にこれまでは、気づかなかったか」
モニターの隙間からは、カメラのレンズが冷たく光っていた。
「窓は世界中に繋がってるんだよね」

後日、鈴木の家に美術展の目録が届いた。
作品の横に金額が記載されている。
どうやら、豚の貯金箱に入れられたコインが作品の値段になる仕組みだったようだ。
ダルマ落としは200万円。
結構いい値段が付いている。しかも成約済みとなっている。
鈴木の愛車(アルト)よりも高い。
あの作品は買い手が付いたのだろうか。
ゆっくりと探したが、どこにも載っていなかった。
スマフォを開き、撮影した作品を久しぶりに眺めていると、チャイムがなった。
ドアの向こうには段ボール箱を抱えた配達員が立っている。
「サインお願いします」
炊飯器サイズの段ボールが3つ。
開けなくても予想はつく。
こうして、鈴木家に200万円のゴミが増えた。

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