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第二話「資産も子孫もないんだよ」

9月の初旬。
3人は、キャンプ場に来ていた。
もちろんアウトドア目的ではない。

「よし、家からグッズは持ってきたな」
尾崎が明るい声で呼びかける。
「ダンボール10箱くらいになりましたが、持ってきましたよ」
安川が答える。
荷造りには丸一日かかってしまった。

そう、後顧の憂いを断つために『ミコミコ★ナース』のグッズを燃すのだ。
アイドルを作るものが過去の遺物に囚われてはならない。
そう言い出したのは尾崎だった。

「やっさん、醤油をかけると匂いはごまかせるらしいぞ」
ヒデが醤油の一升瓶を握っていた。
ファングッズはプラスチック製品も多い。燃せば有害物質と匂いが広がる可能性も考えられる。
普通にゴミに出せば良いのだが、尾崎は儀式として必要だという意見を曲げなかった。

「じゃあ、焼いていくぞ」
尾崎が手慣れた様子で、焚き火台に着火した。
キャンプグッズ一式も彼が用意したものだ。
乗ってきた車(ハイエース)には工具など色々なものが積まれていた。

「燃えろ、燃えろ」
ヒデがポスターなどの紙製品から、火に投入していく。
どれも保管状態が良かったのか、キレイな状態だ。
しかし、既に価値を失ったグッズ達だ。
醤油の焼ける香ばしい匂いと共に、炎が舞い散る。

「さようなら、僕の青春」
安川も丁寧に火の中へ入れ始めた。
かつては生活の全てだったグッズ達だ。
推しメンの写真は、すぐに灰となり風で舞っていく。

「最後に歌いながら送ろうか」
尾崎が悲しげに微笑むと、2人は小さく頷いた。

「じゃあ、『さよなら煩悩の日』で良いな?」
最後のライブで歌われたバラード曲だ。異論はない。
神仏習合をテーマに、男女の恋愛成就の様子を描いた曲で、トリに歌われることが多かった。
火が沈んだキャンプ場に3人の歌声が静かに広がっていく。
ハタから見れば、中年3人が私服で合唱している姿はかなり不気味だ。
カルト宗教の儀式と思われてもおかしくないだろう。
顔はキャンプの炎で照らされ、残暑による汗でテラテラとコーティングされている。
しかも、全員号泣していた。
悲しみと、プラ製品の燃える黒煙が目に染みて涙が止まらないのだ。

結局、深夜過ぎまで火葬は続き、尾崎のハイエースの中で車中泊をする流れとなった。
晩飯はカップ麺だったが、安川にとっては久しぶりに楽しい食事だった。

翌朝、焚き火の後片付けを終えた3人は、近場のスパリゾートにいた。
昨日は風呂に入れなかったので、全員が香ばしい感じに仕上がっていた。
すぐに、浴場へダッシュし、湯船に浸かった。

「アルキメデスは風呂の中でアイデアを思いついたらしい」
尾崎が意味深な感じに呟いた。
「喜びのあまり、裸で街を走り回った話は聞いたことあります」
安川もそのエピソードは聞いたことがあった。
「もしかすると、風呂場でミーティングすれば良いアイデアが出るかもしれんと思ってな」
どうやら、浴場を会議室にするつもりらしい。

「サウナに入ってから、ビールでも飲もうぜ」
ヒデが嬉しそうに、サウナルームを指差した。
朝から飲むことしか考えていない。
「それは良いが、アイデアの1個でも出してからにしろよ」
尾崎が釘を刺す。

サウナ室は朝ということもあり、先客はいなかった。
3段式でオートロウリュが付いているタイプである。
尾崎は最上段。安川とヒデは2段目に座った。

「あれから思いついたことはあるか?」
尾崎が質問する。頭にはタオルがターバンのように巻かれている。
「何個か追加のアイディアを考えました」

安川は仕事中に、脳内シミュレーションを行っていた。
彼の仕事は、車の工場で車体にパーツを取り付けるライン工である。
単純作業であるが故に、身体的なキツさはあるが、思考力は使わない。
つまり、体を動かしながら脳内で別のことを考える余地があるのだ。
今まで脳内会議のテーマは、推し活プランについてだったが、今では『アイドル創世記(仮)』の時間(週40時間)になっていた。

「まず、ファンからのスパチャなんですけど、お金以外に物資の支給があった方が面白くないですか?」
投げ銭(スパチャ)はYouTubeではメジャーになっているが、現金のみである。
「なるほど、食料品もファンから送ってもらうと言うことか」
ライフラインもファンに依存するということである。

「なすびの企画から連想したんですけど、家具や家電もファンから送ってもらえれば面白いかな、と」
何もない部屋を、ファンからの贈り物で彩っていく。
これは、ファングッズを処分する際に、スカスカになった部屋を見て思いついたアイデアだった。
「ファンは自分のプレゼントが使われている姿も見れるし、推しの生活にダイレクトに関われるということか」
うーん、という唸り声が上段から響く。

「でも、ファンからのグッズっていうのは、安全なものばかりじゃないぜ。やっさん」
横からヒデのツッコミが入った。
確かにファンからのプレゼントというのは、リスクを伴う。
異物が混入したものを送られるリスクがあるため、お手製の物は廃棄されるパターンが多い。

「基本的に、プレゼントは通販サイト(Amazon・楽天)を経由して送る形を考えています。住所は近くの運輸会社にすれば身バレも避けれますし」
ヒデのツッコミは安川も想定済みだった。
アイドルの安全性を守りつつ、サービスを維持する。
脳内会議で到達した結論だった。

「あとは、アイドル達の生活もライブカメラで配信できるようにすれば、ファンも一緒に上京した感じを味わえます」
これは、ポコチャから拝借したアイデアだ。
ファンと推しがダイレクトに繋がる体験は、現代でしか味わえない。
ストリーミングサービスによって個人から投げ銭を徴収し、YouTubeではライブやPVを拡散する。

「既存のアプリをインフラ代わりに使えば、自分たちでサービスを構築する手間は省けるな」
尾崎の声が弾んでいた。
全てを説明せずとも、意図を理解したようだ。

  • 個人に投げ銭をできるポコチャ

  • PVや音楽を配信できるYouTube

実現のためのサービスは世の中に既に存在している。
これらを無料のインフラとして活用すれば、コストはかなり安い。
足りないのは面白いシナリオを書けるストーリーテラーだけだ。

「さすがだぜ、やっさん。俺はもう限界だから出るぜ」
ヒデは、2人のやりとりを一通り聞くと、サウナから出ようと立ち上がった。
入室してから5分も経ってない。
「おい、待て」
尾崎が両肩をガッチリとホールドした。

「サウナ室は1セット12分が基本だ。それに何もアイデアを出さずに出ることは許さん」
上段にいるので表情は見えないが、声に怒りがこもっているのが分かる。
「いや、もう脱水症状で死んじゃうよ」
ヒデは震えているが、解放する様子はない。
「死ぬ気で考えるんだ、水風呂に沈めるぞ」
声にドスが効いている。

「わかったよ、1個くらいアイデアを出すよ。まず、『アイドル創世記(仮)』というのはダサいから、新しいものにしよう」
カッコカリというのが言いにくいのは、安川も感じていた。
「四文字程度に略せるグループ名がベストだ。『ミコミコ★ナース』もミコミコって言ってただろ?」
ヒデが力説する。
「それで、どんなグループ名が良いんだ?」
尾崎が問いかける。
「まだ決まってない。もう限界だから出る」
汗を利用してウナギのように、尾崎の拘束から抜き出した。
思った以上に素早い動きだ。

「先に飲んでるからな!グループ名は『上京少女』なんてどうだ」
入り口で、そう言い残すとサウナ室から去っていった。
「待て、水風呂と外気浴までがサウナだぞ」
尾崎の静止は無視され、サウナ室には安川と尾崎のみが残された。

結局、サウナを完遂できたのは2人だけだった。
尾崎はガチのサウナーで、時間を計りながら4セットをこなした。
安川も途中で抜けるのは気が引けたので、それに付き合った。

外気浴で整っている最中のことだ。
2人はフラットな椅子に身を委ねながら会話をしていた。
両者とも青空を見つめながら、宇宙との一体感を感じてる。
「グループ名、そのまんまだけどシンプルで良いんじゃないですか」
安川は、ヒデの意見を悪くないと思い始めていた。
下手に装飾しない地味さが、コンセプトとしっくりくるのだ。
「まぁ、悪くないな。土壇場で思いついた感はあったけどな」
尾崎も同じことを思っていらしい。

「それで、計画のスタート時期なんだが、4月開始を考えている」
尾崎が横を向き、安川と目が合った。
「新生活のタイミングに合わせるんですね」
4月は何かが始まる時期だ。
社会人になってからは意識することが減ったが、多くの人間にとってターニングポイントになる季節なのだ。
「俺は、アイデア出しは苦手だが、プランニングや人員の配置などは得意だと自負している。細かいことは任せて欲しい」
力強い言葉だった。確かに、今までの計画は尾崎が先導してきていた。
メンバー集めも、グッズ焼きのキャンプも手配したのは彼だ。

「ところで相談なのだが、仕事を辞めて活動に専念できないか?」
いきなりの直球が安川を襲った。
なんとなく意識はしていたが、この企画はサークル活動ではないのだ。
「仕事はいつでも辞めれるんですが」
安川の仕事は期間工である。辞めたところで職場への影響も少ない。
また、妻子もなく、ローンも抱えていない身なので躊躇する理由もない。
それでも、胸のどこかに引っかかる部分があった。
この企画に人生を賭けることのリスクだ。
失うものが少ない人生であっても、サラリーマンとして飼い慣らされた安川にとって雇用主を失うのは怖い。

「もう少し待ってください。中途半端な覚悟で引き受けたくない」
絞るような声で、尾崎に返事をした。
「わかった。覚悟ができたら返事をくれ」
尾崎は再び、上を向いて目を瞑った。

結局、その日は朝から飲み会となり、昼過ぎに解散となった。
ちなみに、サウナから上がった時点でヒデは酔い潰れており、反省の意味も兼ねて食事代は彼持ちとなった。




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